婚約破棄された王太子を慰めたら、業務命令のふりした溺愛が始まりました。
本来なら大人が十人くらい乗れるほど大きいのだが、前に見つかって魔物だと勘違いされ大騒ぎになったことがあった。それ以来、このサイズで現れるようにお願いしている。
《ほんとうに人間はつまらぬことする》
「そうね、こんなくだらない意地悪をするくらい暇なのよ」
《仕方ない、我が一瞬で片付けてやる》
そういうとバハムートはフーッと息を吐いて暖かい風を巻き起こした。私の衣類と水に濡れた床を、一瞬できれいにしてくれる。
「ふふ、いつもありがとう。本当に助かるわ」
《別に、お前の辛気臭い顔など見たくないだけだ》
そっと頭を撫でて癒し手を発動させると気持ちよさそうに目をつぶる。バハムートは怪我がなくても、こうして治癒魔法で癒されるのが好きらしい。
少しだけぶっきらぼうだけど心根の優しい秘密の友人は、こうしていつも私を助けてくれる。私に癒されて満足したのか、バハムートは《なにかあれば呼べ》と言って吹き抜ける風とともに姿を消した。
カールセン伯爵領は地方にあり、領民たちは農業と山や森に生息する魔物を狩って生計を立てていた。王立学園に入るまでは父や兄たちに混ざって、私も領地で農作物や魔物狩りで怪我をした人たちを治していた。
お兄様たちと一緒に魔物狩りに出ていた時に森で怪我をしたバハムートに出会い、治してあげたらすっかり懐かれてしまったのだ。バハムートが幻獣と呼ばれる希少な存在だと知ったのは、屋敷に戻って家族に報告した時だった。
あの時の家族の驚いた顔が、今でもはっきりと思い出せる。
今では呼び出せばひょいっと出てくるくらいに仲良しだ。
室長やバハムートに支えてもらいながら、見えない傷を抱えた心から目を背け、治癒士の仕事に没頭していた。