婚約破棄された王太子を慰めたら、業務命令のふりした溺愛が始まりました。

 ナダリー公爵家を出て、私はふらりと大衆酒場に立ち寄った。普段ならこんな場所に入ることはないが、タウンハウスにはビオレッタがいるから戻る気にならなかった。

 今日は酒を飲んで宿屋に泊まろう。ビオレッタの顔など見たくない。
 あの女のせいで、私の人生はめちゃくちゃになってしまった。やはりラティシアとあのまま結婚していればよかったんだ。

 そんなことを考えながら、四杯目の注文をした時だった。

「——だから、この事業に投資すれば、二カ月後には十倍になるんだって!」
「だけどなあ……二億ゴルドだろ?」
「期限が来週なんだよ、新薬の効果は俺が保証するし」
「うーん……確かにな。お前がこうして歩けるのも、その薬のおかげなのはわかるんだけどな」

 斜め前の席で話している男たちの会話が耳に入ってきた。
 どうやら投資の話をしているらしい。ひとりはヨレヨレのシャツを着た青い髪の男で、もうひとりは仕立てのいいスーツを着た商人風の男だ。

「そうなんだ、あの新薬のおかげでこうして歩けるようになったんだ。だけど世話になった開発者の先生が借金まみれでな、利権を差し押さえられるっていうから力になりたくてな」
「開発者はシアン・コスミックといったっけ? わかった、そこまでいうなら五千万ゴルドでよければ投資するよ」
「本当か! ああ、ありがとう! 早速、先生に話をするよ!」

 投資か……そうか、投資で資産を増やせばいいのではないか? 今の話が本当なら、一億ゴルド投資すれば十億ゴルドになる。そうすれば、当面の資金になるのだ。

 私はすぐさまタウンハウスに戻り、早速シアン・コスミックという研究者について調べた。

 酒場の男たちの話の裏が取れたので、研究者に投資をすると連絡をした。
 契約書を隅々まで読み、かき集めた一億ゴルドを預ける。これで二カ月後には十億ゴルドになるのだ。

 私は領地に戻り、ジャニスと祝杯をあげた。




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