婚約破棄された王太子を慰めたら、業務命令のふりした溺愛が始まりました。

 手当たり次第治癒しながら進んだので、目的の場所までは辿り着けなかったけれど、日も暮れてきたので一度戻ることにした。
 こんなに治癒魔法を使ったのは、治癒室以来でクタクタになったけど気持ちは晴れやかだ。

「ラティシア様、本当にありがとうございます。民たちもその治癒魔法にど肝を抜かれておりました。欠損した四肢も治すなんて、初めて見ました」
「カールセン家の一族は治癒魔法しか使えませんが、その分効果が高いのです」
「なるほど……では、もしよろ——危ない!」

 オリバー様の声で後ろを振り返ると、熊型の魔物、レッドグリズリーが猛然と私に襲い掛かろうとしているところだった。
 大きな巨体に見合わないスピードで私に向かって駆けてくる。涎を垂らした口には、鋭い牙が並んで噛まれたら一巻の終わりだ。

「私の後ろに隠れてください! くそっ、こんなところでレッドグリズリーが出るなんて……!」

 確かに、レッドグリズリーは本来森の中で生息する魔物だ。人が住んでいるところに出てくることはほとんどない。
 なにか子供が攫われたり、敵を追いかけてくるなどがなければ。

 そこでハッと気付いて、ずっと寄り添ってくれた友人の名を呼んだ。

< 125 / 256 >

この作品をシェア

pagetop