婚約破棄された王太子を慰めたら、業務命令のふりした溺愛が始まりました。
「どなたですか? 今は私しかおりませんが、よろしいですか?」
視界に入ってきたのは、見かけない顔の青年だった。
焦茶の髪を揺らして、苦しそうに息をしている。咽せたかと思ったら口元を押さえた指の間から鮮血がこぼれて、床を赤く染めていった。
——吐血!
そう思った瞬間に身体が動いていた。
すぐさま青年を支えて、一番近い処置室のベッドへ誘導する。
「こっちへ! 歩けますか?」
呼吸困難、咳をする度に吐き出される血液は鮮やかな赤。
足がうまく動かせないのか、引きずるように歩いている。四肢に見られる麻痺症状、腹部に痛みがあるのか、胃のあたりを手で押さえ眉根を寄せて堪えている様子だ。
この症状は——毒物だ。しかも一刻を争うほど深刻な状況だった。