婚約破棄された王太子を慰めたら、業務命令のふりした溺愛が始まりました。

 翌朝、フィル様の執務室で健康観察を済ませ、私はソファへ腰を下ろした。足元には尻尾を丸めてフェンリルが寝転ぶ。これがいつもの定位置だ。

 そんな日常も、騒々しい来客の登場で終わりになってしまった。
 ノックもなしでバンッと勢いよく扉が開いたと思ったら、艶々のピンクブロンド髪を揺らし、翡翠の瞳の美女がズカズカを入ってくる。

「フィルレス様! お久しぶりですわね! このわたくしが戻ってきて差し上げましたわ!!」
「……エルビーナ皇女、お元気そうですね」

 いつも以上に隙のない穏やかな笑みを浮かべ、フィル様が対応する。
 あれは(今は政務中なのだから邪魔しないでほしいね。まあ、馬鹿にはわからないか)と思っている顔だ。

「もちろんですわ! さあ、これからはわたくしに尽くすことを許しますわ!」
「それは遠慮します」
「ええ、もちろ……え? 今、なんとおっしゃいましたの?」
「ですから、僕にはすでに婚約者がおりますので遠慮します」
「そんなもの、なかったことにすればよろしいでしょう?」

 エルビーナ皇女はなんてことないように婚約の解消を口にする。私はそのやり取りを聞いて、なんだかわからない焦燥感に駆り立てられた。

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