婚約破棄された王太子を慰めたら、業務命令のふりした溺愛が始まりました。
私はこの手から離れていくものは、すぐにあきらめてきた。
婚約破棄された日のように傷つくのが怖かったからだ。
でも、今はなにがあっても他の人に渡したくないものがある。
思えば、物にしても人にしても、ここまでほしいと望んだことがなかった。
それにフィル様が言っていた。使えるものは使ってこそ価値があると。
だから私は専属治癒士の立場を存分に使うことにした。
それから三日後の朝。
「エルビーナ様、申し訳ございませんが政務の間も時間ごとにフィル様の健康観察をしておりますので、このソファを使用するのはお止めいただけますか?」
「なんですって!? 帝国の皇女のわたくしに立てというの!?」
「いいえ、エルビーナ様専用のソファをご用意いたしましたので、今後はそちらにおかけいただきたいと存じます」
フィル様の執務室の角に、それはそれは豪華な装飾が施されたひとり用のソファが鎮座している。エルビーナ様のために特別に用意した逸品なので、座りごごちは抜群だ。
ただ執務室は広いけれど来客用のソファもあり、空いているスペースの真ん中に置くと邪魔になってしまうためフィル様とほぼ対角上の角に配置するしかなかった。
執務室のテイストにそぐわない豪奢なソファが浮いて見えるし、間に来客用のソファを挟んでいるので会話もままならないのは仕方のないことだろう。