婚約破棄された王太子を慰めたら、業務命令のふりした溺愛が始まりました。

 実はフィル様が会議で不在の際にアリステル公爵家へ出向き、イライザ様に軽く事情を説明してソファの準備をお願いしたのだ。
 昨日お願いして翌朝には執務室に設置されていて、私の意図を汲み取ったイライザ様が本当にいい仕事をしてくれた。

「なっ……! あんな部屋の隅でひとり座っていたら馬鹿みたいじゃないの!!」
「ですが、あのサイズのソファですと、あの角しか置き場がないのです。かといって粗末な椅子を用意するのも失礼かと思いまして……」

 困ったように眉尻を下げれば、エルビーナ様は真っ赤な顔でぷりぷりと怒りながら執務室から去っていった。

「ああ、せっかく至高のソファを用意しましたのに……!」
「ぶふっ! くくくくくっ、ちょ、ラティ……! もう、いいから……!」

 フィル様は腹を抱えて笑っている。
 こんなに笑っているのは初めて見たかもしれない。いつも飄々として、微笑んでいるのだ。

「フィル様、私はなにか失礼なことをしたのでしょうか?」
「いや……ふふふっ、ラティがちゃんと仕事してるだけなんだけど、ちょっとツボに入っちゃって……ははははっ!」
「では、次は食事の席でもきちんと仕事をいたします」
「ぶはっ! それは楽しみにしているよ……ふははっ!」

 王太子にはあるまじき笑い方だけど、涙を流して笑うフィル様は大変貴重だと思い心に焼き付けた。
 その日の政務は久しぶりに捗ったようで、集中したフィル様はどんどん書類を捌いていった。各部門の事務官がちょっとだけげっそりしていたような気がする。



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