婚約破棄された王太子を慰めたら、業務命令のふりした溺愛が始まりました。
「いや、だから、其方と……エル——」

 陛下の言葉は、風の刃が頬から耳にかけて走り途切れてしまった。
 これでも理解できないのか必死に言い訳を並べ始める。

「うっ! し、しかしだな! 帝国からはグラントリー皇太子が来ているし、この条件を呑まなければ戦を仕掛けるというのだ! こうなったら、ラティシアと其方の婚約を解消して……ヒィィィッ!!」

 僕は魔力の放出を抑えて、左手で陛下の首を掴み持ち上げた。
 これまで重ねてきた鍛錬のおかげで難なく、陛下の足が宙に浮く。顔を赤くしてハクハクして、足をばたつかせている。

「大人しくしてください。下手に動くと首の骨を折りますよ」

 その言葉で陛下の足は力なく垂れ下がる。宰相は腰を抜かしているし、近衛騎士は剣に手をかけているものの、カタカタと震えて動けないようだ。
 これでようやく話ができると、僕は言葉を続けた。

「ねえ、誰と誰の婚約を解消するだって?」
「ぐっ……ゔゔゔ……!」

 ギリッと左手に力を込めれば、陛下の苦しそうな呻き声が上がる。

「僕の婚約者は僕が決めると言っているんだよ」

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