婚約破棄された王太子を慰めたら、業務命令のふりした溺愛が始まりました。
「それは……義妹夫婦がカールセン家の当主となっていますので、私はこうして治癒室で能力を活かしているのです」
フィルレス殿下は「そう」と言って、青い宝石のような双眸を細めた。その瞳には底知れぬ冷たさが宿っているような気がしたけど、すぐに穏やかな微笑みを浮かべてさらりと話題を変える。
「それにしてもラティシアの治癒魔法はすごいな。最近ゴタついていてかなり疲労も溜まっていたんだけど、すっかり回復しているよ」
「それはなによりです。私の治癒魔法で元気になっていただけたなら、本当に嬉しいです」
「ああ、最近は睡眠時間も削っていたからね」
私も同じ経験をした。あの時の心の傷の深さは痛いほどわかる。もしかしたらフィルレス殿下は眠れていなかったのかもしれない。私のような者にも優しく声をかけてくれて、対応も丁寧だ。私の癒しの光がそんな方の役に立って喜ばしい。
「……カールセン伯爵には幼少の頃より世話になっていた」
「父は優秀な専属治癒士でしたから。ああ、ゲンコツされませんでしたか?」
「あー、そうだね。自分を粗末に扱うと決まってゲンコツされたよ」
「ふふ、父が患者は皆平等だと言っていましたから。フィルレス殿下にもそうしていたのですね」
「うん、でも温かい人だった」
「ええ、自慢の父でした」
過去形になる家族の話は悲しみと懐かしさと、幸せだった頃の思い出を鮮明に蘇らせる。感傷的になるのを振り払うように私は次の言葉を口にした。