婚約破棄された王太子を慰めたら、業務命令のふりした溺愛が始まりました。
「んー、まあ、ぼちぼちかな」
「オレも。ていうか、あの女ちょろすぎてつまんない」
シアンは運転資金に困っている研究者を探している。そんな都合のいい対象がいるはずもなく、少々手こずっているようだ。グレイは目の覚めるような美貌を生かして、伯爵夫人をたらし込むのが役目だが順調のようだ。
「いいじゃん、お前は年若いご婦人の相手なんだから」
「グレイのスリルが羨ましい」
「適材適所だ、文句は言うな。それとも、俺と代わるか?」
シアンは思ったように進まない仕事に苛立ちを吐き出し、グレイがやりがいのなさに愚痴をこぼす。どちらも俺から見たらやりやすい仕事のはずなんだが。
「……いや、遠慮しとく」
「……うん、オレもいいかな」
ふたりが視線を逸らしながら丁重に断ってきた。まあ、無理もない。
フィルレス様の側近となると、業務の幅が広すぎる。そのために勉強も必要だし、貴族たちとの面倒なやり取りもあるのだ。
幸いフィルレス様と乳母兄弟として育った俺は、勉強する機会にも恵まれたし、もともと貴族だったのでさほど抵抗なく仕事をこなせていた。
それにしても、先日のフィルレス様は今まで見たことがないくらいに黒い笑顔を浮かべていた。