婚約破棄された王太子を慰めたら、業務命令のふりした溺愛が始まりました。
『ラティシア・カールセン。宮廷治癒士として治癒室に配属されている。明日までに僕の専属治癒士兼婚約者にする』
『承知しましたが……ずいぶん急な話ですね』
『そうだね。でも絶対に僕のものにする』
フィルレス様の目が獲物に狙いを定めたというように、ギラリと光る。
実は何度かラティシア・カールセンの治癒を受けたことがある。専属治癒士になってもおかしくないほどの腕だった。
気になって調べたところ、カールセン家の嫡子なのに性格に難があり、今では宮廷治癒士として勤務している。だが貴族のご婦人やご令嬢たちの間では、治癒士としてすこぶる評判がいい。矛盾した評判だと思ったものだ。
どうやら今日の仕事はまだ終わらないようだ。出会ったのは治癒室か。やはり俺と別れた後になにかあったようだ。これからはなんと言われようと、フィルレス様の安全を確保してから自分の任務を果たそうと心に決めた。
『ふふふ、ラティシアは本当にかわいいな』
『フィルレス様、こんなやり方をしなくても、普通に口説けばいいのでは?』
ラティシア・カールセンには申し訳ないが、きっともうフィルレス様からは逃げられないだろう。このお方がこんな風にご機嫌なのも初めてだし、ここまで黒いオーラが漏れ出しているのも見たことがない。