婚約破棄された王太子を慰めたら、業務命令のふりした溺愛が始まりました。

 フィルレス殿下がなぜそのような指示を出したのか、さっぱりわからない。
 そもそも治癒士としての仕事をこなすのに、こんな貴族令嬢が着るような衣装では不都合しかないのだ。しかもドレスの価値を考えたら、恐ろしくてここから一歩も動けなくなる。

「そうでしたか……とても素晴らしい仕事ぶりです。ありがとうございます」
「お褒めのお言葉ありがとうございます。ではフィルレス殿下の執務室へ戻りましょう」

 そう促されて、侍女たちと元の部屋へ戻る。
 ドレスの価値も相まって恐る恐る足を進めていく。久しぶりのドレスで歩きにくかったけれど、なんとかドレスの裾を捌いているうちに扱いも思い出していた。

 ここまで高級なドレスは初めてだけれど、こんな格好で夜会に出ていたっけ……ドレスなんて伯爵家を出てから着ていなかったわ。

 侍女たちの後ろについてフィルレス殿下の執務室に入ると、バチっと部屋の主人(あるじ)と視線が合った。

< 35 / 256 >

この作品をシェア

pagetop