婚約破棄された王太子を慰めたら、業務命令のふりした溺愛が始まりました。

 執務室の東向きの窓に月が姿を現した頃、フィルレス殿下から本日の勤務終了を言い渡された。
 本当に怒涛の一日だった。精神的な疲労がたまりにたまって、今すぐベッドにダイブしたい。ぐったりした様子を出さないよう、退出の挨拶をする。

「それでは本日はこれで失礼します」
「待って、ラティシア。僕としたことがひとつ言い忘れていたよ」

 爽やかな笑顔を浮かべるフィルレス殿下に笑顔が引きつる。

 今日一日、専属治癒士としてそばに仕えていたが、私はフィルレス殿下に対する評価をガラリと変えていた。
 この王太子、腹黒だった。

 いつも穏やかな笑顔を浮かべているけれど、実は話す相手も内容も全て計算されている。私にだけこぼす毒舌がそれを裏付けていた。
 政務をこなすのにそういうことも必要だと理解できるけど、それにしても吐き出す毒が黒かった。

 私を婚約者に仕立て上げたことも踏まえて考えると、言い忘れたことが喜べる内容だとは思えない。

「宿舎の部屋は引き払ってあるから、これから過ごす部屋に案内するよ」
「……どういうことでしょうか?」
「僕の婚約者になったのに、王城勤務者の宿舎で過ごすつもりだったの?」

 ああ、フィルレス殿下がすごくいい笑顔だわ。
 そしてやっぱり嬉しくない内容だった——!!

「そうですね、私としたことがうっかりしておりました」
「いや、いいんだ。急な話だったし無理もない。さあ、行こう」

 理解のある婚約者みたいな言い草だが、この急展開をもたらしたのは間違いなく腹黒王太子だ。納得いかないけど、早く休みたくて大人しくフィルレス殿下についていった。


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