虐げられた臆病令嬢は甘え上手な王弟殿下の求愛が信じられない

 ふと彼から感じられたシトラスの香りと、温もりが消えて心細くなる。私の機微に気づいたのか、セドリック様は床に膝を付いて私の手を両手で重ねた。

「オリビア、顔色が悪いですよ。やはりどこか痛いのですか?」
「いえ。……セドリック様、お立ちになってください」
「オリビアと触れ合えて幸せですので、私のことはお気になさらずに」
「そ、そんなこと……恐れ多い」
「では、私が貴女を抱きかかえて座っても?」
「え、あ」

 突拍子もない発言だが、どうにもセドリック様は私から少しも離れたくないらしい。

 この甘えるような感じはフランに似ている。少しでも私の姿が見えないと泣きそうになりながら、私を探し回っている可愛い子。あの子のお気に入りは私の肩に乗るか、膝の上に座っていた。
 懐かしい。そうフランのことを思い出してグッと堪える。

「オリビア」

 優しい声音で、セドリック様は私を抱きかかえてソファに座り直した。まるで私の心の傷を癒そうとフランがしてくれたように、私に優しくしてくれる。
 フランと全く違うのに、温もりや優しさが痛い。

(どうして初対面なのに、なぜだろう。フランが傍に居るようで落ち着く)
「以前は貴女の膝の上に乗せてもらっていたので、大人になったら私が──と夢見ていたので、とても嬉しいです」
(と、吐息が……でも、今更離れてほしいと言ったら機嫌を損ねるわよね……)

 竜魔王の膝の上に乗る──この状況そのものが不敬な気もしなくもない。ただ予想以上にセドリック様は嬉しかったようで、尻尾が私の腕に巻き付いている。

 艶やかな尾は宝石のような鱗でヒンヤリと心地よい。傍から見たら完全に恋人との仲睦まじい光景に見えるだろうが、私としてはフランが巨大化して甘えているように感じてしまう。実際にフランが巨大なオコジョになったら絶対にやると断言できる。それぐらいあの子と言動がそっくりなのだ。

(フランが居なくなって、いよいよ壊れてきたのかも……。あろうことか竜魔王をフランと同一視するなんて……)
「オリビアはいつもいい匂いがしますね。香水でもつけているのですか?」
「え……いえ。石鹸の匂いとかでしょうか?」
「いいえ。もっと甘くていい匂いです。とても落ち着きますね」
(私は全く落ち着きません……)

 それにしても、どこから聞くべきか。色々考えてはみたものの、目まぐるしく変わる環境や出来事に、思考回路──いや処理能力が追い付かない。

 エレジア国が三年前、私を保護という搾取へ走った経緯。
 生贄ではなく花嫁──番として歓迎したのは?
 セドリック様と私の関係。
 フランとセドリック様との繋がりも気になる。自問自答しても答えは私が知るはずもないので、セドリック様に聞くしかない。地雷臭がすごいので慎重に尋ねた。

「……セドリック様、フランとはどういった繋がりがあったのですか」
「ああ、そうですね。先に話してしまうと、フランは私の魂の一部で百年ほど前にオリビアと一緒に石化してしまったのです」
「セドリック様の……魂の一部がフランだった?」
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