虐げられた臆病令嬢は甘え上手な王弟殿下の求愛が信じられない
命名された男以外の者は嫉妬に狂い殺気を飛ばしていたが、ミアは気づいていない。一事が万事、自分の楽しいことのために生きており、周囲に気を配るなどの感覚などなかった。
ミア姫殿下に喜んでもらうにはどうすべきか。
贈り物は毎日のように届けているが、喜ぶのはほんの一時。誰もがミア姫殿下の寵愛を望んでおり、そこには共闘などというものは存在しない。足の引っ張り合いが常に起こり順位争いが勃発している。そんな中、何も考えていないお花畑のミア姫殿下は、歓声の方へ視線を向けた。
「みんなに祝福されるなんて羨ましいわ。弟君のセドリック様はディートハルト様のように凛々しくなったのに、まったく会いに来てくださらないなんて酷いとは思わない?」
「全くその通りです」
「ミア姫様のいうとおりです」
「ええ、いなくなったのに、また戻ってくるなんて図々しい女です」
「ミア様という素晴らしい方がいるのに、セドリック様は何を考えているのやら」
男たちは口々にミア姫殿下の言葉に賛同する。だが心内にはいかにしてミア姫殿下が喜ぶのか脳をフル回転させながら考えた。「自分こそが彼女を幸せにできる」と盲信している。だからこそ過激な者たちは、ミア姫殿下の御心を煩わせた「オリビアの抹殺すべきことだ」と曲解し、斜め上の回答を叩き出す。
そして控えていた同じエルフ族の侍女シエナは、愚かな行動を起こすだろう男たちの思考を予測し本来の主、王兄第三姫殿下リリアンに伝えなければ──と考えていた。
***
夜の帷が降りた深淵に、オレンジ色の炎が風で躍るように周囲を怪しく照らす。静まり返った後宮の一室。テーブルには豪華な菓子が並んでいるものの、赤と黒のテーブルクロスや黒で統一された部屋は幾分不気味だ。
夜の茶会に参加しているのは、どれもこれも可愛らしいヌイグルミたちだ。黒猫や黒犬、黒蜥蜴、黒熊エトセトラ……。
誕生日席に座るのは、この部屋の主人、王兄第三姫殿下リリアンだ。真っ黒な長い髪に、血色の悪い肌、真っ赤な双眸は悪魔のそれに見つめられるように恐ろしい。外見は十五、六に見えるが、セドリックよりも年配だった。
竜人族の証である黒い尾がゆらりと動いた。竜魔人族と異なるのは、角が常時出ているかどうかだ。竜魔人は体力、魔力共に全種族のトップクラスになる。その下位互換が竜人族で、魔力がさほど高くない肉弾戦に特化した種族であり、羽根も基本的は生えない。地竜から派生した種族ゆえの特徴である。
リリアン姫殿下の傍に控えておるのは、昼間ミア姫殿下に侍っていたエルフ族の侍女シエナだ。今は漆黒のめ侍女服に着替えており、主人の傍についている。