虐げられた臆病令嬢は甘え上手な王弟殿下の求愛が信じられない

 《原初の七大悪魔》は古来より人族の負の感情から生まれる種族であり、その対極に位置するのが天使族となる。本来は拮抗し合う存在だが、天使族のクロエに惚れた兄上と結婚したことで、天使族本来の力が衰えたとか。
 その結果、嫉妬(ラスト)の行いを早急に見つけることができなかったのは、怠慢といえなくはない。その結果、オリビアを悲しませたことは許す気はない。ただオリビアがあの境遇だったからこそ私と出会えたのだとしたら、少し複雑ではある。

 悪魔の追い詰めは父と兄に丸投げして、私は悪魔に狙われているオリビア優先という形を取らせてもらうことになった。
「まったく。事情を伏せて面倒事を私に全部押しつけて」と文句を垂れた。こっちは最愛のオリビアが石化して、百年の間がむしゃらに竜魔王代理を務めていたというのだから、不満ぐらい言ってもいいだろう。

「そうでもしなければ、あの悪魔を騙せなかっただろう。お前は顔に出やすい」
「う……」
「そうですございますね。セドリック様は、前王様や、ディートハルト様とは違い、ポーカーフェイスが苦手ですから」
「ぐっ……」

 悔しいが言い返せない。これも一時期オリビアと一緒に暮らしていて感情を表に出していたからだろうか。自分は他の竜魔人よりも表情が豊からしい。腹黒の兄と、何事にも動じなさすぎる父よりはずっとマシだと思いたい。それに甘えるのが苦手なオリビアに甘えてもらえるよう、私が彼女を心から愛していると求愛するには、表情が豊かなことはいいことだ。

 それからサーシャと私ができるだけ一緒の時間を過ごすことで、嫌がらせはもちろん危害を加える者たちを次々に捕縛していった。


 ***


 この二ヵ月、オリビアが快適に過ごしている裏で、陰惨なことが起こっているのだが彼女には気付かれていないようだった。
 適度な睡眠、運動、バランスの良い食事、ストレスのない生活によってオリビアの顔が昔のように明るくて優しいものに戻っていた。以前は酷く怯え警戒心の強い猫のようだったが、今は少しずつ心を許してもらえている──気がする。『嫌だ』という本能的な匂いもしないのが証拠だ。言葉でも照れているものの拒絶はされていない。それがただただ嬉しくて、愛おしさがますます膨れ上がっていく。
 キスをすると頬を赤くして、甘い香りを漂わせるオリビアが可愛くてしょうがない。相変わらず敬語なのは距離感があって少し寂しいけれど、声のトーンが柔らかくなった。笑顔やはにかむ姿も可愛い。天使、いや女神。尊い。

 元々手先が器用だったけれど、刺繍や髪留めを贈り物の返しと言って渡してくれた時は、幸せで「好きだ」という思いを言葉にして、抱きしめるぐらいしかできなかった。もっと伝えたいのに、こういう時は本当に語彙力が皆無になるのだと知った。

(ああ、今日もオリビアとの時間がたくさん作れた。オリビアから貰った──コレクションも増えていく。さて明日は何を贈ろうか。ああ、そうだ。寒くなってきたから、温かい飲み物にあう菓子に、茶葉を新たに購入しよう)

 毎日のようにオリビアへの贈り物を考えながら、幸せを噛みしめる。
 今日もオリビアが寝静まった後で、執務室で報告会が行われる。今日のメンバーは、侍女長サーシャ、私、執事アドラの三名だ。

「今日はセドリック様の贈り物のうち三箱に嫌がらせが紛れこんでいたので、内々に処理をしました」
「嫌がらせの内容はなんだ?」
「呪われたアクセサリー、毒蛇、毒針の仕込まれた髪飾りです」
「そうか。食事で切り分けてなかったキッシュ、味付けが濃いと言って下げたものは毒だったからな。後で料理長に聞いたところ作った覚えがないという」
「給仕時にいた侍女の犯行だと判明し、捕縛済みです」
「にしても竜魔人の狂的な嗅覚を存じていないのでしょうか」
「まあ、人族のオリビアは気づいていなかったので内々に処理をしたが、オリビアの食べるものに関してはジャクソンにのみ作らせた方がいいな」
「ではそのように。それと配給する者も選抜し、警備兵も増やしましょう」
「ああ」
「庭先に殺し屋がいましたので、投獄させました」
「殺し屋か、増えたな」
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