虐げられた臆病令嬢は甘え上手な王弟殿下の求愛が信じられない

 そういえば前に事情があって前竜魔王は、側室を設けたと言っていたような。だとすれば彼女がそうなのだろうか。存在するだけで危険だが、他種族国家である以上身分の高いご令嬢を邪険に扱えなかったため作られた後宮──だとしたら、美女が色々勘違いして増長してしまったのも分からなくはない。……いや、わからないかも。
「そんなはずないわ」と美女は喚くが、賛同者は得られなかった。

「目障りだ。そこの騎士たち魅了は解けているようだから、この女を投獄しておけ。今回の処罰は追って沙汰を出す。サーシャ、念のため投獄まで監視しておくように」
「かしこまりました。では参りましょうか」
「ハッ」
「承知しました!」
「いや、ねえ、どうして。放して。さっきまで私の言うことならなんでも聞いてくれたでしょう!?」

 喚く彼女を二人の騎士が連れていく。サーシャさんも監視ということで後を追う。残った従者たちは事情を聞くため唐突に現れたアドラさんと共に投獄場へと向かった。
 時間としては三十分もなかっただろうけれど、嵐が過ぎ去ったようだ。
 なんだか急に疲労感が押し寄せてきたけれど、美女の登場で自分の気持ちを口にできたのはよかった──のかもしれない。結果的にだけれど。

「オリビア」

 砂糖菓子のように甘い声に、ドキリとする。いつもよりセドリック様の声が近いのは──私が彼の首に手を回して抱き付いているからだ。
 その事実に眩暈を覚えた。
「は、はい……」と蚊の鳴くような声を返すのが精いっぱいだった。今のセドリック様はいつも以上に上機嫌で、尻尾が嬉しさを表している。

「変な横やりが入りましたが、オリビアの気持ちを聞けて良かった。少しは気持ちを傾けられたでしょうか」
「そ、それは……」
「ふふっ、急かすつもりはありません。時間はたくさんあるのですから、怪我を治して、体力を作って、よく寝て、美味しい物をいっぱい食べて、私の傍に居てください」

 甘くて、優しくて、温かい。
 この温もりが心地よくて、失いたくない──そう思っている時点で答えは出ているようなものなのに、私は臆病で言葉するのが怖かった。
 けれど少し、ほんの少しだけ──自分の気持ちを伝えたい気持ちが上回る。

「私も、……セドリック様の傍を離れたくない……です」
「オリビア。嬉しい。ああ、幸せです」

 うっとりとした顔で、本当に幸せだと口にするセドリック様に私は「好き」だという一言が出てこなかった。本当に私は意気地なしだ。
 けれど今日のことはずっと忘れないだろう。薔薇の香りに包まれてセドリック様の思いを自覚したこの日のことを、私は宝物のように大事にしようと心に決めた。
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