虐げられた臆病令嬢は甘え上手な王弟殿下の求愛が信じられない
何が未来を知る異世界転生者だ。ろくな魔法も使えず、我儘し放題。聖女でありながら強欲で責務を他人に押し付ける。エレノアがオリビアの代わりに金を生む能力と才能を持っていればまだマシだったが。
「それだけではありません。最近は部屋にこもってしまい、『シナリオシュウセイが効かない。どうして』とか『このリストにあるものを持ってきて、《隠しキャラ》を召喚する方法に必要なの!』などとおかしな言動が多く、神殿側でも対応に困っていると神官たちが愚痴を漏らしておりました」
「はぁ……」
この国では神殿と魔導ギルドは対立しているように見えるが、実は裏では繋がっておりコインのように表裏一体として機能している。もっともそれらを知っているのは王侯貴族では少数派だが。
(シナリオシュウセイ? カクシキャラ? また訳の分からないことを言っているのか)
こうなってしまうとオリビアという金を生むガチョウをみすみすグラシェ国に持っていかれたということになる。
ふとここであのセドリックという男が、オリビアに執着していたことを思い出す。なぜさほど美人でもない女を王弟が妻として望んだのか。その理由がようやく理解できた。
(そうか。三年前の段階でセドリックはオリビアの価値を理解していたのか。だから五体満足で返してほしいと──)
衣食住の援助、自分がオリビアに接触することを避けたのも、全てはオリビアのもたらす利益の為だったのだと合点がいった。
目先のことに囚われ過ぎていた。三年間の間にもっと優遇をしていれば──。
「とりあえず数をこなし、少しでもオリビアの作ったものに近づけろ」
「は、はい……」
魔導士たちが退出した後、使用人たちが散らかした回復薬を片付けていく。それを横目にソファの背もたれに寄りかかった。
今更ながらにオリビア一人の働きが、この国の基盤となりつつあったことに気付く。楽な生活をしていた分、生活水準を落として三年前のような苦悩をしたくないと思うのは当たり前だろう。
(こんなことならもっとオリビアから後継者育成のレポート、いや進捗を何度も確認するため足を運べばよかった)
どちらにしても今更だ。
すでに竜魔王の王妃として迎えられているだろう。同じような娘を国から探し出すか、それともグラシェ国との交渉で上手く立ち回れないか。色々と思案を巡らせるが妙案は出なかった。
そんな時、ふらりと三年前の使いが姿を見せる。
「こんばんは、クリストファ殿下」
「お前は……」
気配もなく影のように姿を見せる女は相変わらず黒の外套を羽織っており、フードを深々と被って口元以外の顔が見えない。人族でないのは雰囲気で分かるが、自分の勘違いでなければ世界で七人しか顕現していない悪魔族──《原初の七大悪魔》の一角。
人の負の感情によって顕現する存在。怠惰、暴食、色欲、強欲、傲慢、憤怒、嫉妬。その中で色欲のラストだと思われる。