虐げられた臆病令嬢は甘え上手な王弟殿下の求愛が信じられない
***
気が付けば馬車の乱暴な運転に目が覚めた。
舗装されていない道を通っているのか、かなり揺れる。
窓の外を見る限り鬱蒼とした森の獣道を走っていた。暴走とも呼べるスピードだが、御者に声をかけても聞こえていない。
ガタン、と大きな音がした途端、馬車は止まった。
最後の揺れが思いのほか酷く、体中が軋むように痛い。呼吸も苦しくなってきたが耐えた。ノックも無しに馬車の扉を開いた。この国の騎士には礼節というものはないのだろうか。
「降りろ」と居丈高に命令する。馬車から下りる際も手を取るなど紳士的な素振りなど見せなかったが、すでに諦めていたのでどうでもよかった。
降ろされたのは森の真ん中だったが、眼前には巨大な門があった。魔法によって創り出した門は全長三メートル以上で、漆黒の入り口はまさに地獄の入り口を彷彿とさせた。
騎士たち数名は門に向かって叫ぶ。
「グラシェ国、竜魔王よ。聖女オリビアをお届けに参りました!」
その言葉によって巨大な門が重々しい音を立てて開いた。騎士たちはその開いた先の光景を見て悲鳴を漏らす。無理もない門の向こう側は深い霧に包まれているだけで何も見通せないのだから。
私と共に門を越えてエスコートするような忠義を持つ騎士は誰もいない。彼らが向ける視線は鋭く「さっさと中に入れ」と睨む。
痛む足を引きずりながら門の中へと進んだ。足場がしっかりしているものの、不安で押し潰されそうだ。
(フラン……)
つらいときも悲しい時も傍に居て寄り添ってくれた。
この三年間、記憶のない私にとってフランがいたから頑張れた。
(ああ、そうだ。竜魔王の生贄にされる時にダメ元で、フランと一緒に埋葬してくれないか頼めないかしら)
どのくらい歩いただろう。
真っ白な霧は消え、視界には巨大なドラゴンが現れた。黒々とした黒竜は大きな口を開けて私を食い千切ろうとしている。逃げなければいけないのに、その場に縫い留められたように足が動かなかった。
死ぬ。そう直感した。
これで終わる──とどこかホッとしている自分がいた。
「オリビア、そこを動かないで」
声が聞こえた瞬間、魔物の黒い竜が真っ二つに裂けて鮮血が迸る。