クローバー
「えー!今日休みじゃん!何も今日、臨時休業しなくても…。」

天音の声でふと我に帰る。

少し前まで鯛焼き専門店だったお店がクレープ専門店になっている。

俺の記憶だと鯛焼き専門店が出来たのは半年位前で開店当初は行列が出来るほどの人気だったはずだ。祖母と買い物に来たとき鯛焼きを買ってちょっと先にある広場で食べた記憶がある。その広場は緑化計画とやらで作られたもので、四本の柱の上に格子状の平屋根が乗っかっていて、その隙間を葉の大きなツルが埋め尽くしているが壁は無い。多少の雨と陽射しは防げるが…といった具合だ。最初はそれ一軒だけだったのだが何故か今では三軒も建っている。さらには何かの寄付で木製の背もたれが無いベンチとテーブルまで備え付けられかなり立派な休憩所みたいになっている。今年の冬はこの建物を盛大なイルミネーションが飾るらしい。

一方、鯛焼き屋は不況のせいか飽きっぽいこの町の住人のせいか、一瞬だけ輝きあっという間に潰れたようだ。

新しく出来たクレープ屋の歩道に面しているお店のカウンターにはシャッターが降りていて貼り紙がしてあり、手書きのポップな字で『臨時休業』と書いてある。

天音はよっぽど残念だったみたいでさっきの意気揚々と俺の腕を引っ張る元気は欠片も無い。

その姿を見た俺は何気なく呟いてしまった。

「また明日来ればいいじゃん。」

と、言った後で後悔と驚きが同時に沸き起こる。何言ってるんだ俺?なんで自分から誘ってるんだ!?天音ですら驚いたらしく、

「え?」

と、俺の言葉を飲み込んで理解するのに手間取ったみたいだった。

天音は俺に背を向けると、

「優しいね。」

とゆっくり言い、

「帰ろっか。」

と歩き出した。
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