クローバー
彼女は右手を振り上げた。

俺は反射的に目をつむる。

「…!?」

温かい…人の感触。

本当に本当に久しぶりに感じる。

「天…音…?」

そっと優しく、だけどしっかりと彼女は俺を抱きしめた。

動けなかった。

天音はひっくひっく言って泣いている。

抱きしめられた事によって、どうして彼女が泣いているのか分からなくなった。

何を想って泣いているんだろう?

何を想って抱きしめてきたんだろう?

今は…、いくら考えても分からない。

今は…、ただ涙が出る。

それから彼女は俺からそっと離れると、何も言わずに教室を出ていった。

1人になった教室は、話し声も笑い声も泣き声も無くて。ひたすら静かで寂しい気持ちになった。

俺はゆっくり立ち上がって黒板に向かい、彼女の書いた文字を消し始めた。

たった二文字。

だけどなかなか消えない大きな二文字。

背伸びしながら書いてたっけなぁ。とか思いながら黒板消しを動かす。

文字が少しずつ消えていくにつれて、ほんの数分前の出来事が惜しくなった。

もう一度、あの優しさに触れたい。と、心の中のどこかの誰かが叫んでいる。みたいな気持ち。

「天音…か。」

ガラガラッ!と、突然何の前触れも無く教室の黒板側の扉が開いて、静寂に浸っていた俺は飛び上がって驚いた。

誰だ?と目を扉を向けると、そこには息を切らして立っている天音がいた。

彼女の視線は「黒板」から「黒板消し」に移り最後には「俺」に移った。

「黒板消してくれたんだ。今日は私が当番だったから。」

目の回りが赤く薄くだけど赤くなっている。

「このままにしとくのは不味いと思ったからさ。」

彼女から目を反らす。

「双葉君さぁ、もしこのあと何にも用事が無かったら一緒に帰らない?」

「えっ!?とぉ…。」

彼女の赤みがかった目が気になる。

何故か彼女はクスリと笑う。

「良いよ。無理しなくて。今日は止めて、明日一緒に帰ろう。ね?約束だから。」

「あぁ…、分かった…。」

やっぱり彼女の目が気になって、うん。と答えてしまった俺。

彼女はニコリと笑って、

「黒板アリガト。」

そう言って彼女は教室から出ていった。
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