麗しの王様は愛を込めて私を攫う
あれは、私が九歳の頃。
「やったー! 野苺がたくさんある!」
隣り村に住んでたおばあちゃん家に遊びに行っていた時。
私は行く度に、その裏にある森に入って遊んでいた。
その森には危険な動物は生息しておらず、兎やリスといった小さく比較的安全な生き物だけがいた。
少しだけ奥に入れば、キノコや野生の果物がなる場所があった。
あの日は、一人で野苺を探しに森の奥に入っていた。奥といってもそう深い森ではない。それに何度も来た場所で、帰り道もちゃんと分かっている。
たくさんの野苺を見つけた私は、夢中になってカゴに入れていた。
ルビーのように艶やかな野苺を少し口にしながら摘んでいると、ガサガサと葉の擦れる音がした。
ドキリとしたが、騒ぐ事なく手を止めて静かに様子を見ていると、そこから兎がピョコンと顔を出した。
私に、気付いた兎は体を翻し逃げて行く。
「あー、ビックリした」
危険な動物はいないと知ってはいたが、やっぱり少し不安だった。兎でよかったと安心していたその時。
ピュンと体の真横を何かが通り抜けた。
「……!」
タンッと音を立て、私のすぐ横に生えていた木に矢が刺さった。
それは、金色の羽のついた高そうな矢。
兎を狙って放たれたのだろうか?
もう少し矢がずれていたら自分に当たっていたと思うとゾクリとした。
ガサッガサッ
また、葉を掻き分ける音がする。
そこから、一人の身なりの良い少年とその付き人らしき人が現れた。
美しい銀色の髪をした少年は、私の横に刺さる矢を見てサファイアのように輝く青い目を顰めた。
「外れた」
「いえ、当ててはなりませんリシウス殿下」
「持って帰ろうと思ったのに、何故だ」
リシウス様と呼ばれている少年は、矢を確かめると、私へと視線を移す。
付き人と話しながらも、ずっと私を凝視している。
最初は美しい少年だと思ったけれど、その目に怖さを感じた。
なぜか寒いわけじゃないのに体がゾクゾクする。
少年と付き人は、私の前で話を続けた。
「人を矢で射ることはなりません。それに許しなく持って帰る事は出来ません」
「許し? 誰に許しを貰うというのか? 私は王子だぞ」
「王子様であろうと人は持って帰る事は出来ません」
付き人は、諭すように少年に話す。
「では、誰に許しを貰えばコレを持って帰れる?」
そう話した少年は、私の手を取ろうと手を伸ばしてきた。
その細く白い手が気持ち悪く、私は咄嗟に体を引いた。
(コレって私のこと? この人達さっきから私の話をしているの?)
「あなた……私を持って帰ろうとしているの?」
まさかと思い、怯えながら少年に尋ねると、彼は一瞬目を見開いて、それから優しく微笑んだ。
「ああ、そうだよ、キミを気に入ったから。さぁ、僕と一緒に行こうね」
まるで犬か猫でも拾うように少年は言う。
「い……いやっ!」
顔立ちは美しいが、少年の笑顔に恐ろしさを感じた私は、野苺の入ったカゴを投げ捨て、森の中へ走って逃げた。
「まて!」
背後から、少年が叫ぶ。
まて、と言われて待つ人なんていないわよ!
私は必死になって森の中を走り抜けた。
簡単に追いつかれないように、クネクネと道なき道を進み、おばあちゃんの家に戻った。
そうして、その日は屋根裏部屋に閉じこもり過ごした。
もしかしたら、あの人達がここまで追って来るかも知れないとビクビクしていたが、少年は来なかった。
……よかった……。
せっかく摘んだ野苺は、残念だったけど仕方ない。
本当は、数日おばあちゃん家に泊まる予定だったけど、怖かった私は、翌日に両親に帰りたいと言い隣町の家に戻ったのだ。
何だかここに居ると、あの少年が来るような気がしたから。
両親と暮らす家に戻り暫くすると、あのキレイだけど怖かった少年の事を私はすっかり忘れてしまった。
◇◇
その翌年。
国では、タチの悪い流行り病が蔓延しだした。
残念ながら、私の両親も相次いで流行り病に倒れてしまい、回復の兆しも見せぬまま還らぬ人となった。
一人になってしまった私は、おばあちゃんに引き取られ、育てて貰う事になった。
おばあちゃんだって息子を亡くしたのだ。
きっと辛く悲しかったはず、けれど落ち込む私の前では「大丈夫だよ」と優しく笑ってくれていた。
それは、おばあちゃんと暮らし始めて半年が過ぎた頃。
ある日、私宛に真っ赤な薔薇の花束が届けられた。
「誰からだろうね? おや、カードが入っているよ」
入っていたカードをおばあちゃんが読んでくれた。
そこには『いつか迎えに行くから待っていて』とだけ書いてあった。
「まるで恋文のようだねぇ」
まだ十歳の私に、薔薇の花とカードを贈るなんてどんな人なんだろう?
その時は、ただそう思っていた。
さらにその半年後、名もなき人から贈り物が届いた。
それを運んで来たのはこの村の村長さんで、必ず受け取って使うようにと強く言われた。
もらった箱の中には、上質な青いリボンと薔薇の花束に入っていたカードと同じ紙のカードが入っていた。
カードに書かれていた言葉は、一言だけ。
『君の金の髪につけて欲しい』
差出人の名前は書かれていない。
「メアリーの事を知っている方のようだね、心当たりはないのかい?」
確かに、私の髪は金色だ。
おばあちゃんから、贈り物の主に会った事があるんじゃないかと聞かれたけれど、私にはまったく心当たりがなかった。
一体誰なんだろう?
贈り物の主は、私の事を知っているの?
これまでに会ったことがある人なの?
「やったー! 野苺がたくさんある!」
隣り村に住んでたおばあちゃん家に遊びに行っていた時。
私は行く度に、その裏にある森に入って遊んでいた。
その森には危険な動物は生息しておらず、兎やリスといった小さく比較的安全な生き物だけがいた。
少しだけ奥に入れば、キノコや野生の果物がなる場所があった。
あの日は、一人で野苺を探しに森の奥に入っていた。奥といってもそう深い森ではない。それに何度も来た場所で、帰り道もちゃんと分かっている。
たくさんの野苺を見つけた私は、夢中になってカゴに入れていた。
ルビーのように艶やかな野苺を少し口にしながら摘んでいると、ガサガサと葉の擦れる音がした。
ドキリとしたが、騒ぐ事なく手を止めて静かに様子を見ていると、そこから兎がピョコンと顔を出した。
私に、気付いた兎は体を翻し逃げて行く。
「あー、ビックリした」
危険な動物はいないと知ってはいたが、やっぱり少し不安だった。兎でよかったと安心していたその時。
ピュンと体の真横を何かが通り抜けた。
「……!」
タンッと音を立て、私のすぐ横に生えていた木に矢が刺さった。
それは、金色の羽のついた高そうな矢。
兎を狙って放たれたのだろうか?
もう少し矢がずれていたら自分に当たっていたと思うとゾクリとした。
ガサッガサッ
また、葉を掻き分ける音がする。
そこから、一人の身なりの良い少年とその付き人らしき人が現れた。
美しい銀色の髪をした少年は、私の横に刺さる矢を見てサファイアのように輝く青い目を顰めた。
「外れた」
「いえ、当ててはなりませんリシウス殿下」
「持って帰ろうと思ったのに、何故だ」
リシウス様と呼ばれている少年は、矢を確かめると、私へと視線を移す。
付き人と話しながらも、ずっと私を凝視している。
最初は美しい少年だと思ったけれど、その目に怖さを感じた。
なぜか寒いわけじゃないのに体がゾクゾクする。
少年と付き人は、私の前で話を続けた。
「人を矢で射ることはなりません。それに許しなく持って帰る事は出来ません」
「許し? 誰に許しを貰うというのか? 私は王子だぞ」
「王子様であろうと人は持って帰る事は出来ません」
付き人は、諭すように少年に話す。
「では、誰に許しを貰えばコレを持って帰れる?」
そう話した少年は、私の手を取ろうと手を伸ばしてきた。
その細く白い手が気持ち悪く、私は咄嗟に体を引いた。
(コレって私のこと? この人達さっきから私の話をしているの?)
「あなた……私を持って帰ろうとしているの?」
まさかと思い、怯えながら少年に尋ねると、彼は一瞬目を見開いて、それから優しく微笑んだ。
「ああ、そうだよ、キミを気に入ったから。さぁ、僕と一緒に行こうね」
まるで犬か猫でも拾うように少年は言う。
「い……いやっ!」
顔立ちは美しいが、少年の笑顔に恐ろしさを感じた私は、野苺の入ったカゴを投げ捨て、森の中へ走って逃げた。
「まて!」
背後から、少年が叫ぶ。
まて、と言われて待つ人なんていないわよ!
私は必死になって森の中を走り抜けた。
簡単に追いつかれないように、クネクネと道なき道を進み、おばあちゃんの家に戻った。
そうして、その日は屋根裏部屋に閉じこもり過ごした。
もしかしたら、あの人達がここまで追って来るかも知れないとビクビクしていたが、少年は来なかった。
……よかった……。
せっかく摘んだ野苺は、残念だったけど仕方ない。
本当は、数日おばあちゃん家に泊まる予定だったけど、怖かった私は、翌日に両親に帰りたいと言い隣町の家に戻ったのだ。
何だかここに居ると、あの少年が来るような気がしたから。
両親と暮らす家に戻り暫くすると、あのキレイだけど怖かった少年の事を私はすっかり忘れてしまった。
◇◇
その翌年。
国では、タチの悪い流行り病が蔓延しだした。
残念ながら、私の両親も相次いで流行り病に倒れてしまい、回復の兆しも見せぬまま還らぬ人となった。
一人になってしまった私は、おばあちゃんに引き取られ、育てて貰う事になった。
おばあちゃんだって息子を亡くしたのだ。
きっと辛く悲しかったはず、けれど落ち込む私の前では「大丈夫だよ」と優しく笑ってくれていた。
それは、おばあちゃんと暮らし始めて半年が過ぎた頃。
ある日、私宛に真っ赤な薔薇の花束が届けられた。
「誰からだろうね? おや、カードが入っているよ」
入っていたカードをおばあちゃんが読んでくれた。
そこには『いつか迎えに行くから待っていて』とだけ書いてあった。
「まるで恋文のようだねぇ」
まだ十歳の私に、薔薇の花とカードを贈るなんてどんな人なんだろう?
その時は、ただそう思っていた。
さらにその半年後、名もなき人から贈り物が届いた。
それを運んで来たのはこの村の村長さんで、必ず受け取って使うようにと強く言われた。
もらった箱の中には、上質な青いリボンと薔薇の花束に入っていたカードと同じ紙のカードが入っていた。
カードに書かれていた言葉は、一言だけ。
『君の金の髪につけて欲しい』
差出人の名前は書かれていない。
「メアリーの事を知っている方のようだね、心当たりはないのかい?」
確かに、私の髪は金色だ。
おばあちゃんから、贈り物の主に会った事があるんじゃないかと聞かれたけれど、私にはまったく心当たりがなかった。
一体誰なんだろう?
贈り物の主は、私の事を知っているの?
これまでに会ったことがある人なの?