麗しの王様は愛を込めて私を攫う
 そして今、リシウス陛下は何事もなかったような顔をして、スターク公爵家の応接間の無駄に豪華な椅子に長い脚を組んで座っておられる。

 その前には、リシウス陛下の訪問に喜ぶ公爵令嬢イザベル様と蔑む様な笑みを浮かべるザイオン様が座っていた。

 間にあるテーブルの上には、豪華な茶器に入ったお茶が用意されていたが、未だ誰も手を付けてはいなかった。

「公爵は留守なのかな?」

 リシウス陛下は、イザベル嬢を見つめながら尋ねられた。
 陛下と目が合ったイザベル嬢はパッと頬を染める。

「い、今は出掛けていますの」
「……そう、ではこの事は彼には関係ないのかな?」

 陛下は、ザイオン様に鋭い視線を向け話された。

「何の事だ? 突然訪ねて来たかと思えば、お前は父上に会いに来たのか?」

 ザイオン様は幼い頃からリシウス陛下を小馬鹿にした様な物言いをされる。
 側室の子であり、第三王子であったリシウス様を、公爵令息嫡男である自分より、身分が低いと思っておられたのだ。


「ザイオン、君は何がしたい?」

 リシウス陛下は、ゆっくりと確かめる様にザイオン様に聞かれた。

「な、何がとはなんだ? 今お前は頼む立場だろう」
「頼む立場? どうしてかな、僕はこの国の王なんだけど?」
「はっ、まだ数日しか経っていないだろう? 俺より五つも歳下のくせに」


 ザイオン様は昔からこうだ。
 何かと自分よりも優れているリシウス陛下を敵視されている。成人を迎えられても、いつまでも子どもの様だ。



「そうだね、それでも僕は王だ」


 リシウス陛下は話しながらお茶に手を伸ばされた。
 それを慌ててイザベル様が止めようとされる。

「リシウス陛下、お茶を入れ直させますわ」

「いいよ、このままで」


 リシウス陛下がカップに口を付けながらイザベル様の方に目をくれると、彼女は真っ赤な顔になって俯いてしまった。

 イザベル様は二十五歳になられた今も、婚約すらせずにリシウス陛下に執心なさっていた。


 その様子を見ていたザイオン様は、カップを手に取ると茶を一気に飲み干しワザとガチャンと音を立てて置かれた。

「リシウス、お前イザベル姉さんと結婚しろ。そうしたらお前が探している『物』は返してやってもいい」

 かなり上からの物言いだったが、リシウス陛下は気にもされていない様だった。


「ああ、イザベルは僕と結婚したいのか。その為にメアリーを攫ったの?」

 リシウス陛下が優しい口調でイザベル様に話しながら、見透かす様な視線を送ると、何故か彼女は直ぐに真実を口にしだした。
 そのイザベル様の目は、どこか遠くを見ておられるようだ。

「私が指示したのではありませんわ」

「そう?」

 イザベル様の答えを聞いたリシウス陛下は、視線をザイオン様へと向けられた。

「あの女を捕まえて来てくれと頼まれたんだよ」

 不思議な事に、ザイオン様も遠い目をされペラペラと話しだした。


「頼まれて実行するなんてザイオンらしくないね。どうしたの? まるで盗賊の手下だ」

 その言葉に憤りを感じられたのか、ザイオン様はカッと目を見開かれた。
 途端にザイオン様の目に光が戻る。
 
「お前、俺に何をした!」
「何の事?」
「やっぱりな! お前おかしな術を使えるんだろう! それで人を操って、そうやって王位を手にしたんだろう!」

 ザイオン様は、リシウス陛下を睨みながら怒鳴った。

「僕は何もしていない。術なんて使い方も知らない」
「そんなはずはない! 昔からおかしいと思ってたんだよ。誰も彼もお前に夢中にになって、父上まで俺より年下のお前を崇拝している、お前本当は悪魔なんだろう!」
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