麗しの王様は愛を込めて私を攫う
「初めての口づけはやり直す」
「いえ、次は初めてにはなりません。だいたい、なぜ今頃初めてにこだわるのです? 以前寝ているメアリー様の唇を奪おうとなさった事をお忘れですか?」
「知らん」
私はいつの間にか眠っていたみたい。
なんだか部屋の中が騒がしい。
「知らない事はないでしょう? 何度私がお止めしたことか」
「普通の若い男ならそれくらいするだろう? 目の前に好きな女がいるんだぞ」
……え?
「いや、寝込みを襲うなど普通の男はしません。おかしいでしょう?」
「アダム、お前は目の前に愛している人がいても何もしないのか?」
愛している?
「同意無しにしてはなりません。だいたいリシウス陛下は」
「王様になれば何をしてもいいとアダム、お前が言ったのだ」
「あの時はまだ王子様でした」
「………」
私はほんの少し目を開けた。
そこには綺麗な顔を悔しそうに歪めているリシウス陛下と、したり顔のアダムさんがいる。
「メアリーは僕の気持ちを知っているから」
「メアリー様が陛下のお心を知る訳ないでしょう? 陛下はどうしてそう思われるんですか?」
……リシウス陛下の気持ち?
「赤い薔薇とカードを送っていただろう、だから」
「名前も書いてなかったのに?」
……赤い薔薇?
「名前なんて書かなくても分かるだろう? 赤い薔薇は愛する者に送る花だ。それに最初に、いつか迎えに行くときちんと書いた」
あのカード?
薔薇の花はリシウス陛下からだったの?
「リボンや服も贈っていただろう? 僕の瞳と同じ色の物だ。メアリーは分かっていたはずだ」
……リボン? 服? 僕の色って⁈
「畏れながら、陛下のお色と言われましたが『青』色の瞳を持つ方は他にもたくさんいらっしゃいます。大臣もそうではありませんか?」
「あんな爺さんと一緒にするな」
ふん、と拗ねた顔でリシウス陛下は私の方を見た。
寝ていると思っていたのだろう。目を開いていた私と視線が合った彼は、思い切り目を見開いた。
しかしすぐに驚いた顔を誤魔化すように、微笑みをうかべる。
「メアリー、起きていたのか。体は? 痛くないか?」
腕を組んで、私を見下しているリシウス陛下。
心配するように首を傾げると、銀の髪がサラリと揺れた。
煌めく青い瞳は、優しく細められている。
……なんて綺麗な人なんだろう。
思わず見惚れてしまった。
よく見れば、リシウス陛下の瞳は、クロエに取られたリボンと同じ色だった。
見つめるだけで言葉を発しない私の頬に、リシウス陛下は手を当てる。
ひんやりとした彼の手の感触が、まだ熱を持った肌に心地よく、思わずスリ、と頬を寄せた。
そんな事をされるとは思わなかったのか、ピクンと彼の体が小さく動く。
私達の様子を見ていたアダムさんは、ニヤッと笑うとリシウス陛下に言った。
「陛下、お顔が赤いですよ?」
「黙れ、アダム!」
アダムさんに怒りながらも、私に添える手はやっぱり優しい。
「リシウス陛下、あの」
私はおずおずと声をかけた。
「どうした?」
彼は溶けてしまいそうな笑顔を私に向ける。
「あ、赤い薔薇の花束は陛下が贈ってくれた物だったのですか?」
リシウス陛下は頷いた。
「カードに書かれていたメッセージも?」
「勿論、そうだが? 知らなかったのか?」
「はい、ずっと誰がくれたんだろうって思ってました」
すうっとリシウス陛下の表情が無くなった。
「リボンは? 僕からだと分かっていただろう?」
「いえ、贈り物も誰か分からなくて。村長さんも教えてくれなかったので」
「そんな、そんなはずは」
「だから言ったのです、名乗るべきだと」
驚愕しているリシウス陛下にアダムさんは言った。
「君の家に僕の絵姿が飾ってあったじゃないか? 花まで添えて。だから」
「あれは、おばあちゃんが飾って……何でそんな事知ってるの?」
彼の絵姿は居間に飾られている。
けれど、家を訪ねてくる人はほとんどいない。
女性だけの家だからと、村長さんも玄関までしか入らないのに。
「…………」
「リシウス陛下?」
リシウスは目を伏せて諦めたようにはあ、とため息を吐いた。
「僕はメアリーをずっと手に入れたかった。君が欲しかったから王になったんだ」
絵姿の話をしないまま、彼は私を攫った理由を話し出した。
「手に入れるって、私を?」
……そんな物みたいに……。
「王になったから、メアリーを手に入れた。もう離さないから、攫われない様に警護も増やすし、夜は僕が傍にいよう」
それが当然だと言う様に、冷たい口調でリシウス陛下は話す。
……攫われない様にって……。
「……最初に攫ったのは王様じゃない」
思わず言ってしまった。
でも、本当の事だもの。
「それに私は物じゃないわ。手に入れたいから攫うなんて、おかしいと思うわ」
何故かイラッとしてしまった。
この人最初に会った時と変わらないんだもの、私を狩ろうとした時みたいに言うし。
私の言葉に王様は黙った。
それからしばらくすると、彫刻の様に表情のない美しい顔をしたリシウス陛下は、囁くような小さな声で話し出した。
「僕は、君を物だと思ったことは一度もない」
嘘はないのだと言わんばかりに青い瞳が真っ直ぐに向けられる。
「僕は、メアリーを人だと思っている」
「……」
「森の中で偶然君を見て気に入った。僕と共にいて欲しいと思った。だから矢で射止めようと……」
「「イヤイヤ、そこ間違ってるから!」」
私とアダムさんの声が重なった。
「何が間違ってるんだ?」
リシウス陛下は訳が分からないと言う顔をして私を見る。
その後ろでアダムさんは頭を抱えていた。
「いえ、次は初めてにはなりません。だいたい、なぜ今頃初めてにこだわるのです? 以前寝ているメアリー様の唇を奪おうとなさった事をお忘れですか?」
「知らん」
私はいつの間にか眠っていたみたい。
なんだか部屋の中が騒がしい。
「知らない事はないでしょう? 何度私がお止めしたことか」
「普通の若い男ならそれくらいするだろう? 目の前に好きな女がいるんだぞ」
……え?
「いや、寝込みを襲うなど普通の男はしません。おかしいでしょう?」
「アダム、お前は目の前に愛している人がいても何もしないのか?」
愛している?
「同意無しにしてはなりません。だいたいリシウス陛下は」
「王様になれば何をしてもいいとアダム、お前が言ったのだ」
「あの時はまだ王子様でした」
「………」
私はほんの少し目を開けた。
そこには綺麗な顔を悔しそうに歪めているリシウス陛下と、したり顔のアダムさんがいる。
「メアリーは僕の気持ちを知っているから」
「メアリー様が陛下のお心を知る訳ないでしょう? 陛下はどうしてそう思われるんですか?」
……リシウス陛下の気持ち?
「赤い薔薇とカードを送っていただろう、だから」
「名前も書いてなかったのに?」
……赤い薔薇?
「名前なんて書かなくても分かるだろう? 赤い薔薇は愛する者に送る花だ。それに最初に、いつか迎えに行くときちんと書いた」
あのカード?
薔薇の花はリシウス陛下からだったの?
「リボンや服も贈っていただろう? 僕の瞳と同じ色の物だ。メアリーは分かっていたはずだ」
……リボン? 服? 僕の色って⁈
「畏れながら、陛下のお色と言われましたが『青』色の瞳を持つ方は他にもたくさんいらっしゃいます。大臣もそうではありませんか?」
「あんな爺さんと一緒にするな」
ふん、と拗ねた顔でリシウス陛下は私の方を見た。
寝ていると思っていたのだろう。目を開いていた私と視線が合った彼は、思い切り目を見開いた。
しかしすぐに驚いた顔を誤魔化すように、微笑みをうかべる。
「メアリー、起きていたのか。体は? 痛くないか?」
腕を組んで、私を見下しているリシウス陛下。
心配するように首を傾げると、銀の髪がサラリと揺れた。
煌めく青い瞳は、優しく細められている。
……なんて綺麗な人なんだろう。
思わず見惚れてしまった。
よく見れば、リシウス陛下の瞳は、クロエに取られたリボンと同じ色だった。
見つめるだけで言葉を発しない私の頬に、リシウス陛下は手を当てる。
ひんやりとした彼の手の感触が、まだ熱を持った肌に心地よく、思わずスリ、と頬を寄せた。
そんな事をされるとは思わなかったのか、ピクンと彼の体が小さく動く。
私達の様子を見ていたアダムさんは、ニヤッと笑うとリシウス陛下に言った。
「陛下、お顔が赤いですよ?」
「黙れ、アダム!」
アダムさんに怒りながらも、私に添える手はやっぱり優しい。
「リシウス陛下、あの」
私はおずおずと声をかけた。
「どうした?」
彼は溶けてしまいそうな笑顔を私に向ける。
「あ、赤い薔薇の花束は陛下が贈ってくれた物だったのですか?」
リシウス陛下は頷いた。
「カードに書かれていたメッセージも?」
「勿論、そうだが? 知らなかったのか?」
「はい、ずっと誰がくれたんだろうって思ってました」
すうっとリシウス陛下の表情が無くなった。
「リボンは? 僕からだと分かっていただろう?」
「いえ、贈り物も誰か分からなくて。村長さんも教えてくれなかったので」
「そんな、そんなはずは」
「だから言ったのです、名乗るべきだと」
驚愕しているリシウス陛下にアダムさんは言った。
「君の家に僕の絵姿が飾ってあったじゃないか? 花まで添えて。だから」
「あれは、おばあちゃんが飾って……何でそんな事知ってるの?」
彼の絵姿は居間に飾られている。
けれど、家を訪ねてくる人はほとんどいない。
女性だけの家だからと、村長さんも玄関までしか入らないのに。
「…………」
「リシウス陛下?」
リシウスは目を伏せて諦めたようにはあ、とため息を吐いた。
「僕はメアリーをずっと手に入れたかった。君が欲しかったから王になったんだ」
絵姿の話をしないまま、彼は私を攫った理由を話し出した。
「手に入れるって、私を?」
……そんな物みたいに……。
「王になったから、メアリーを手に入れた。もう離さないから、攫われない様に警護も増やすし、夜は僕が傍にいよう」
それが当然だと言う様に、冷たい口調でリシウス陛下は話す。
……攫われない様にって……。
「……最初に攫ったのは王様じゃない」
思わず言ってしまった。
でも、本当の事だもの。
「それに私は物じゃないわ。手に入れたいから攫うなんて、おかしいと思うわ」
何故かイラッとしてしまった。
この人最初に会った時と変わらないんだもの、私を狩ろうとした時みたいに言うし。
私の言葉に王様は黙った。
それからしばらくすると、彫刻の様に表情のない美しい顔をしたリシウス陛下は、囁くような小さな声で話し出した。
「僕は、君を物だと思ったことは一度もない」
嘘はないのだと言わんばかりに青い瞳が真っ直ぐに向けられる。
「僕は、メアリーを人だと思っている」
「……」
「森の中で偶然君を見て気に入った。僕と共にいて欲しいと思った。だから矢で射止めようと……」
「「イヤイヤ、そこ間違ってるから!」」
私とアダムさんの声が重なった。
「何が間違ってるんだ?」
リシウス陛下は訳が分からないと言う顔をして私を見る。
その後ろでアダムさんは頭を抱えていた。