麗しの王様は愛を込めて私を攫う
 お二人の結婚から十二年が過ぎた。

「アダム大丈夫? 僕について来れるの?」

「何を言っておられますか。私はまだ五十にもなっていないのですよ?」
 ギリギリではあるが……。

「でも、父上より年上でしょう?」
「そうです。私はリシウス陛下がお生まれになった頃よりお仕えしているのですから」
「そうか、でも今は僕の側近だからね。僕が父上のようになるまでは元気でいてよ?」

 父上のように? それは国王という事だろうか?

 殿下が結婚されれば、リシウス陛下は王位を譲られるだろう。それほど遠い話ではない。

「もちろんです。殿下」

 殿下は私の返事に満足し、大きく頷かれた。

「ここが、父上が母上に一目惚れをしたという森か」

「そ、そうです」

 一目惚れと言って、リシウス陛下がメアリー様を捕えようと矢を放たれた事は、教えない方がいいだろう。


 先日の事、リシウス陛下は十歳になられたお二人の愛の結晶であるフェリクス殿下に、メアリー妃殿下と出会った時の話をされた。
 かなり美化されたものではあったが、それを聞いた殿下が、自分もその森へ行って見たいと言い出されたのだ。
 殿下はこれまで狩りに出られた事がない。確かにこの森は、はじめての狩りの場所には適所といえるが……。


「あ……」

「どうされましたか? フェリクス殿下」

 何か獲物を見つけられたのか、殿下の瞳が輝いている。

「アダム、ロープ持ってきているでしょう? 渡して」
「獲物がいたのですか?」

「いいから早く」

 フェリクス殿下は以前視察に行かれた牧場で、放牧された牛に華麗にロープをかける牧場主の姿を目にされた。
 以来、自分も出来るようになりたいと、腕を磨かれたのだ。
 それから二年でみるみると腕は上がり、ロープをまるで自分の手のように巧みに使いこなされるようになられている。

 ロープを渡すと、フェリクス殿下は器用に輪を作り(兎にしては輪が大きいような?)ヒュンヒュンと回し投げた。


「きゃあっ!」
「……!?」
「やった、捕まえた」

 ま、まさかーー!?

 フェリクス殿下の放ったロープの先には、可愛らしい少女の姿があった。
 しかし、着ている服はこの場にそぐわぬ美しいドレス。
 もしやどこかの貴族のご令嬢?
 なぜ森に?


 いや、そんな事より!


「殿下! 人をロープで捕らえてはなりません!」

「どうして? 僕、この女の子を……そう、一目惚れだよ。すごく好きだって欲しいって思ったんだ。だから逃がさないように捕まえたのに。何が悪いの?」

 そう話しながら、どうしたら良いのか分からないといった顔で立ちすくんでいる少女を、フェリクス殿下はロープで捕まえたまま抱きすくめる。

 早い!
 手が早過ぎます殿下!

「殿下、好きになったからと人を捕まえてはいけません」

「じゃあ、どうすればよかったの?」

 上手く捕まえられたのに、と私に向け頬を膨らませるフェリクス殿下。

「……フェリクス殿下……」


 さすが、リシウス陛下のお子と云うべきか。


 今度はフェリクス殿下の恋を手伝う事となりそうだ。
 攫わないように教えて差し上げなければ……。
 それから、足枷は作らないように……。


 まだ出会ったばかりだと言うのに、幼い二人の将来をアレコレと考えるアダムであった。
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