スパダリ部長に愛されてます
5分前になり、スタジオに入ると、部長が私のヨガマットから数メートル離して、
自分のマットを平行に並べてストレッチをしていた。

「なんか変な感じだな。」
会社で見るスーツ姿とはまた違い、スポーツウェアをまとい、普段と違うリラックスした部長が、
スタジオの後ろのドアから入る私に話しかけてくる。
「うふふふ、ほんとそうですね。
私は昨日お名前を伺ったんですけど、まさかと思いました。
正直、同姓同名の別の人だったらいいなとか思ってました。」
仕事中は、きっちりとワックスでかためた前髪が、今日は部長のきれいに整った顔にさらりと落ちてきて、
揺れる度にドキドキしてしまう。
普段よりも5歳ぐらい若く見えるし、まるで学生のようだ。

部長も戸惑った顔でこちらを見ている。
お互いに思うことがあったみたいで、少し沈黙が続いてしまったが、
2人してそれぞれのマットの上に座り、向かい合う。
気を取り直して、
「部長はいつからこの教室へ?」と質問してみた。
「転職してからだから、2年ぐらいかな。首と肩、背中のコリがひどいし、たまに腰痛もあるんだ。
大学時代ボストンにいた時に、ヨガはやったことがあったからね。
久しぶりにやりたくなって、会社にも家にも近いここにしたんだよ。
ケイコ先生とは、それからずっとだな。」
私が今の会社に派遣されて1年半、部長は2年前から今の職場だったはず。
この1年半よく顔を合わさなかったものだ。

「古谷さんはいつからここに?」
「私は今の職場にお世話になってからなので、1年半です。
転職と同時に、目黒教室からこちらの新宿教室に移ったんです。
3年ほど前、体調を崩してからヨガをはじめました。
楽しくて、どんどん夢中になって、
今年の春からインストラクターになったんです。」

しゃべりながら、当時のいろいろなことを思い出しつつ首を傾げながら答え、部長に視線を合わせる。
私がしゃべる間、部長は、口元に笑みを浮かべこちらをじっと見つめながら話を聞いてくれた。
目が合うと、部長がふっと視線を外した。
が、次の瞬間、顔をこちらに向け、
「あ、ひとついいかな。
ここでは部長と呼ぶのはやめてもらえないか。
おれにとっては、休日だから。
だから、おれも古谷さんじゃなくてヨーコ先生って呼ぶから。」
さわやかににっこりと微笑みながら、宣言された。

ええーーー、おれって、ヨーコって、
いろんなことが同時に起きて混乱する。
顔はニヤニヤするし、頬が赤くなってるのを意識して、片手で頬を隠しながら、
「あ、すみません。気を付けます。
じゃぁ、え、賢二さん?」
頑張って返事をした。
「そうそう。」
会社では見ないぐらいの満面の笑みでうなずかれた。
あーーーん、これはむずかしい!!
1人で身もだえしつつ、ぐるぐると考えてしまったが、一瞬で我に返る。

「ちょっとしゃべりすぎちゃいましたね、はじめましょうか」と言って、レッスンを開始した。
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