Restart~あなたが好きだから~
そんなやり取りを思い出しながら


(澤崎さんの言わんとしてたのって、そういう意味だよね・・・。)


改めて七瀬は考える。


(澤崎さんだけじゃない。先日社長にも意味深なことを言われたし、さっきの城之内さんの言葉だって、聞きようによっては・・・。)


それだけではない。秘書課の同僚たちも、自分の着任の裏にそういう思惑があるのでは勘繰っていることもわかった。


(氷室専務、か・・・。)


改めて彼の容姿を瞼に浮かべる。どう考えてもイケメンだし、カッコいい。そして間もなく自分の会社のNO2となり、やがてトップに立つことが約束されている現社長の御曹司。しかし、その血縁だけで、彼が今日の、そして将来の地位を得ているわけではないことは、この2ヶ月ほど、彼の側近くで仕事をして来て、七瀬にはわかっていた。


そんな彼に、社内社外を問わず、何人もの女性が熱い視線を注ぎ、その動向に注目するのは自然だし、当然だろうと思う。だが、プライベ-トな話はほとんどしたことがないし、彼のプライベ-トを把握しているわけでもないが、同僚たちも指摘していた通り、彼の周辺から女性の影は感じられない。


翌日からも、氷室の言動に変化はない。確かに「七瀬」と何のためらいもなく呼ばれるが、逆に言えば、ただそれだけ。そこに特別の感情を感じることもない。


そして、氷室は多忙だったし、七瀬もまた多忙だった。オフィスでそんなことに思いを馳せる時間などあろうはずもなく、気が付けば7月も終わりに近づき、新体制の発足まで2日を残すのみとなっていた。退任する2人の副社長のオフィスの退去を皮切りに、玉突きのような取締役たちのオフィスの移動が始まっており、この日、氷室のオフィスは現在の第一副社長室に移ることになっていた。


「引越し先の第一副社長室の方の退去は既に完了していますので、9時に応援の総務部員のみなさんがいらっしゃって、すぐに作業をスタ-トします。作業の指揮は私が執らせていただきますので、その間に専務には、第二副社長室で引継ぎを実施していただきます。」


「わかった。」


「引っ越し自体は段取り通りに行けば、午前中にはだいたい目途がつくはずです。それに伴って午後にはこちらに新専務となられる常務のオフィスが移る予定です。」


「何事もなければ、この部屋もこれで見納めということだな。」


「はい。ですので、私は副社長室で、お帰りをお待ちしてます。」


そう言って、スケジュ-ルの説明と確認を終了した七瀬が、一礼して下がろうとすると


「七瀬。」


と氷室に呼び止められた。
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