Restart~あなたが好きだから~
氷室の専務在任、そして七瀬の専務秘書在任最終日の午前中に予定されていたのは、新旧専務の引継ぎだった。今回の人事で副社長が一名になるのとは逆に、専務は二名体制となる。筆頭専務となる会田現常務と平取締役から一気に抜擢された次席専務がそれぞれの秘書を伴い、姿を見せたのは、予定通りの9時15分であった。


「お待ちしておりました、本日はよろしくお願いいたします。」


慇懃に出迎えた七瀬に、1つ頷いて応えた会田は、待ち受けている氷室に、軽く一礼すると、次席専務と共に席に着いた。


「今回の役員改選に伴う引継ぎは、我々で最後になります。さっそく始めましょう。」


ふたりが席に着くと同時に、氷室が口火を切って始まった会議だったが


「今回の人事で、副社長は私ひとりとなります。私は社長を補佐、そして一部業務を代行し、会社全体を統括することになります。そして、その私の下で筆頭専務は営業、次席専務はオペレ-ション部門のトップとなり、それぞれを統括していただきます。」


冒頭、氷室が申し渡すようにこう言うと、その場には緊迫した空気が流れた。


今回の役員人事で氷室現社長の後継は、その子息である圭吾新副社長一択であることが誰の目にも明らかになったというのが、多くの見方であることは間違いなかった。だが、そんな彼を年齢が10歳以上年長の会田がかねてからライバル視し、事ある毎に張り合うような姿勢を見せているのは、社内では周知の事実だった。


「御曹司と張り合っても勝ち目なんかあるわけないだろう。」


と冷笑する声がある一方で、会田がかねて、氷室社長に目を掛けられ、「社長の秘蔵っ子」と言われながら、順調にここまで階段を上って来た存在であることも事実だった。


「社長が専務をいずれ後継にしたいのは、人情としては当然だろうが、その思いに目がくらんで、判断を誤れば、会社の存亡に関わる事くらい、おわかりにならない社長ではない。まだ全てが決まったわけではない。」


会田は周囲にこう漏らし、氷室社長の後継候補に割って入る意欲を隠そうとはしなかったし、そのことは当然氷室の耳にも入っている。


一般的に副社長と専務の業務は共に「社長を補佐すること」と定義されており、その役割分担は曖昧だ。会社によっては副社長というポストを置いていないところもある。


とにかくプライムシステムズでは創業者である氷室現会長兼社長が絶対的存在で、2人の現副社長は形式的にはNo.2のポジションにいたが、実質的には氷室社長の番頭的存在で、従ってよほど突発的なアクシデントでもない限り、彼らが氷室社長のあとを襲う候補ではないというのは、誰の目にも明らかだった。
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