Restart~あなたが好きだから~
やがて、いっぱいに野菜を乗せた2枚の皿をトレイに乗せた七瀬が席に戻って来る。


「いくら取り放題と言っても、いきなり欲張り過ぎだろ。これじゃ、メイン料理が来る前に腹いっぱいになっちゃう。」


呆れ顔の圭吾に


「何を言ってるんですか?血糖値を上げないように、食事の前に野菜をたっぷり摂るのは、もはや常識です。それにただでさえ、氷室さんは外食が多い上に、お取引先との会食で美味しいものを食べる機会も多いんですから、こういう時はヘルシ-に徹していただかないと困ります。」


七瀬は真面目な顔で言うと、圭吾の前に皿を置いた。


「ドレッシングもカロリ-オフです。」


「わかった、わかった。じゃ、いただこうか。」


苦笑いを浮かべながら、圭吾が言うと


「はい、ではいただきます。」


七瀬は手を合わせると、嬉しそうにフォークを手に取った。


それから、運ばれて来る料理を堪能しながら、ふたりの会話は弾んでいるように見えたが、よく聞いてみると


「明日はビーエイトとの打ち合わせの日だよな?」


「はい、16時に先方に伺うことになってます。」


「じゃ、たぶん俺とは入れ違いになるな。」


「私もそう思います。」


「ここのところ、なかなかスケジュ-ルが合わなくて、貴島と話せてないんだが、よろしく伝えておいてくれ。」


「かしこまりました。」


というような仕事の話が交わされていたりする。もちろん、そればかりではないし


「七瀬、仕事が終わって、会社を一歩でも出たら、副社長呼びはNGだからな。」


圭吾から釘を刺されているから、七瀬は「氷室さん」とは呼んでいるが、「圭吾さん」ではないし、言葉遣いもタメ口ではなく、ですます調の敬語で、それなりに打ち解けた雰囲気ではあるが、はっきり言って恋人同士の甘いそれとは程遠いようにしか見えなかった。


食後のコーヒ-を飲み終え、店を出たふたりは車に向かう短い間、一応手を繋いではいたが、いわゆる恋人繋ぎではなく、見ている者に、ぎこちなさすら感じさせたまま、車上の人となった。


走りだした車は、どこか眺めのいい場所を目指すでもなく、もちろんホテル街に向かうこともなく、真っすぐに七瀬のマンションに向かって行った。


「今日はありがとうございました。」


「ああ。じゃ明日は頼んだぞ。」


「はい。」


マンションの前に停まった車の中で、挨拶を交わした2人は、一瞬見つめ合う形になったが、お互いの唇が近付いて行くことはなく、七瀬は車を降りた。そんな彼女にサッと手を挙げた圭吾は車をスタ-トさせる。それに対して、深々と頭を下げる七瀬。


(ごめんなさい・・・。)


心の中でそう言って、頭を上げた七瀬は、せめてものこととして、圭吾の車が見えなくなるまで見送っていた。
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