Restart~あなたが好きだから~
「なにか?」


「今日は直帰なの?」


「はい。」


「そう。じゃ、気を付けて。」


「失礼します。」


その答えにまたチラッと笑みを浮かべた愛奈に見送られて、七瀬は部屋を出た。


「なんかお姉ちゃん、途中からご機嫌だったな。」


一緒に出て来た菜穂が言い出した。


「そう?なんか楽しいことがあったのかな?」


「わからない?」


「うん。」


「明日、氷室さんと会えるようになったことともう1つ。今夜は七瀬と氷室さんが別行動だってわかったからだよ。」


「菜穂・・・。」


いたずらっぽい笑みを自分に向ける奈穂に、七瀬は複雑な表情になったが、すぐに気を取り直すと副社長室を辞した。最初の会議室に戻ると、既にミーティングは終わっており、田中が自分のノートパソコンを開いて、ひとり作業を進めていた。


「田中くん、お待たせ。」


七瀬が声を掛けると


「しゅ・・・藤堂さん、お帰りなさい。」


田中が顔を上げて、笑顔を浮かべる。


「今、また主任って言い掛けたでしょ?もう主任じゃなくなって、半年以上経つんだけど。」


揶揄うような七瀬の言葉に


「すみません。気を付けてるんですけど、ついクセで・・・。」


照れ臭そうに謝る田中。


「まぁどうでもいいんだけど、若林くんに聞かれると、めんどくさいからさ。」


「はい、気を付けます。」


「ところで、あの後はなんかあった?」


「特にはありません。」


「じゃ、帰ろうか。」


こうして、ビーエイトの建物を出て、2人は駅に向かって歩き出した。


「田中くんも今日は直帰でしょ?」


「いえ、戻ります。」


「そうなんだ。なにか急ぎのことがあるの?」


「無くはないんですが、実は個人的な事情で・・・。」


そう言って、田中は少しバツが悪そうな表情を浮かべる。


「個人的事情?」


「はい。実はその・・・この後、彼女と約束がありまして・・・。」


「えっ、そうなの。」


「はい、すみません・・・。」


「なんで謝るのよ。」


「いや不謹慎だって、怒られちゃうかもと・・・。」


「勤務が終わった後なんだから、何の問題もないじゃない。第一、私はもう君の上司じゃないし、上司だった時も仕事面では厳しく指導はしたけど、プライベ-トに口出しした覚えはないよ。」


「はい、すみません。」


「だから、謝らないでって。」


「すみません。」


コントのようなやり取りに、七瀬は心の中で思わずため息を吐くが、気を取り直して


「わざわざ戻るってことは、社内の子ってことだよね?」


と尋ねてみる。


「はい。」


「誰?」


「小野さん・・・です。」


「えっ、そうなの?」


やはり、かつての部下である小野さやかの名前が出て、七瀬は驚く。
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