Restart~あなたが好きだから~
同じ頃。大和もその日の業務を終え、帰り支度を始めていた。


そこへ


「柊木、見てくれよ。チョコ貰っちまったよ。これ本命チョコだぜ。」


と同僚が得意満面の表情で声を掛けて来た。


「そうなんだ、よかったな。」


大和は笑顔でそう返したが、周囲の空気は凍り付いた。


「お前、何考えてるんだよ。」


咎めるような声を掛けられ、一瞬キョトンとした表情を浮かべたその同僚は、次の瞬間、サッと顔色を青ざめさせ


「す、すまん。」


と大仰に頭を下げた。


「何だよ、別に・・・。」


謝ることなんて、と言葉を紡ごうとすると


「よし大和、呑み行こうか~?」


と先輩に肩を叩かれた。


「えっ?いいですけど・・・。」


「よ~し、決まりだ。みんなも行くぞ!」


「おぅ!」


その声に何人かが呼応し、大和は有無も言えずに連れ出された。


そのまま、居酒屋になだれ込み


「大和~、さぁ遠慮なく呑めよ。みんなもスパークするからな。」


「そう来なくっちゃ。」


と騒ぎ出す同僚たち。気を遣われているのが見え見えで、大和はかえって申し訳なくなる。


(そうか、バレンタインデーだったな、今日・・・。)


正直、さっきのさっきまで忘れていた。


(去年のバレンタインデーは、ふたりでイルミネーションを見に行ったな・・・。)


そんな思いがこみ上げて来る。去年だけじゃない、一昨年もその前の年も、バレンタインデーは弥生と一緒だった。初めて一緒にその日を過ごした時は、ふたりは17歳の高校生だった。真っ赤に頬を染めながら、手作りのチョコを差し出した弥生に対して、受け取った大和の顔も真っ赤だった。


そして、見つめ合ったふたり。潤んだ瞳で、自分を見上げる弥生が何を待っているのか、さすがに大和にもわかっていた。勇気を振り絞って、唇を近付けると、弥生がそっと目を閉じたのが見えた。その可憐な仕草に胸をときめかせながら、大和は唇を彼女に重ねた。


それからずっと、大和は弥生と1年も欠かすことなく、バレンタインデーを一緒に過ごして来た。だが今年は・・・。


大和の耳に急に周囲の喧騒が入って来る。弥生はもういない、二度とバレンタインデーを、いや一緒の時を過ごすことは出来ない。その現実に引き戻された。


(弥生・・・。)


悲しみ、怒り、虚しさ、そして寂しさ・・・彼女を失って以来、何度こみ上げて来たかわからない思いが、また大和の胸をかき乱す。これらを一時的にでも吹き飛ばすには、忘れるには、今は呑むしかなかった。同僚たちに進められるまま、大和は杯を重ねた。
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