Restart~あなたが好きだから~
それから約半月、かつてのように七瀬に鍛えられ、少しずつ秘書稼業が板に付き始めて来た・・・?


「しゅ・・・じゃなくて先輩。先ほどご指示いただいた、書類の作成は完了しました。次のご指示をお願いします。」


直立不動で、そんなことを言って来た田中の顔を、七瀬は少し眺めていたが


「何もないよ。」


「えっ?」


「私から田中くんに指示することは、もう何もない、って言うか、来週から私、いないんだよ。そんなんで、どうする気?」


語気鋭く言う七瀬に対して、首をすくめる田中。


「もう一回、今朝の副社長との打ち合わせメモとか、私がこれまで引継ぎして来た内容を確認してごらん。やることなんて、いくらでもあるはずだよ。急いで!」


「は、はい。」


一喝されて、田中は慌てて、自分のデスクに飛び付く。その姿を見て、思わずフ-と息をついた七瀬だったが、気を取り直して、デスクの整理を続ける。そのうち


「田中、ちょっと来てくれ。」


と圭吾からデスクホンで呼び出しが入り、田中は副社長執務室に入った・・・と思ったら、ものの数分で出て来ると、そのまま、オフィスを飛び出して行く。その姿を七瀬は唖然として見送るしかなかった。


やがてデスクの整理が終わると、七瀬は社長以下の在室の取締役や関係部署、更には秘書課のオフィスで課長以下の同僚たちに、最後の挨拶をして回って、戻って来た頃には、副社長秘書としての七瀬の時間はそろそろ終わりを迎えようとしていた。


「藤堂先輩。」


戻って来た七瀬を、田中がやはり直立不動で出迎えた。


「田中くん。」


「はい。」


「私も1年前、君と同じように、営業部から秘書課に配属されて、本当に右も左もわからない状態で、毎日があっと言う間に過ぎて行った。私には、今の君の気持ちがよくわかる。」


「先輩・・・。」


「最後に君に伝えたいことは1つだけ、君は1人じゃないからね。副社長はもちろん、課長を始めとした先輩たちがいる。それを忘れないで。頑張ってね、君なら・・・出来る。」


そう言って、ニコリと微笑んだ七瀬に


「ありがとうございます。先輩のご指導とお言葉を胸に、勤務に励みます。」


直立不動のまま、そう言った田中は


「それでは、本日はこれで失礼します。」


深々と一礼すると、退室して行った。
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