Restart~あなたが好きだから~
翌日も、田中の苦闘は続いた。若林のアドバイスに従って作り直した提案書を、帰社して来た七瀬に提出したが


「何これ?あなた、真面目に仕事する気あるの?」


と鋭い視線を向けられ、一蹴された。


(そりゃそうだよな・・・。)


彼にとって若林は、入社してから約半年、面倒を見てもらった指導官だった。その2年先輩の言葉を無下にも出来ずにとりあえず出してはみたが、彼自身も七瀬の指摘には納得している。


すぐに昼休みになり、戻って来たばかりだからと渋る七瀬を、課長が追い出すように昼食を摂りに行かせたのを、横目で確認した途端、田中はフ-と1つ息を吐いた。


「田中、俺たちも飯行こうぜ。」


若林が声を掛けて来る。仕事は進んでいないが、腹は減る。頷いた田中は、先輩と共にオフィスを出て、近くの定食屋へ足を運ぶ。中に入ると、先に入っていた七瀬と目が合った。田中は会釈をするが、若林は知らん顔で


「あっちの席が空いてるぜ。」


と言うと、サッサと歩いて行くから、田中は慌てて後を追う。席に着き、周囲を見渡すと他にも同僚の顔がいくつか見えたが、みんな七瀬を敬遠するように、彼女から離れた席に陣取っている。やがて彼らの注文がテーブルに届いた頃には、七瀬は会計を済ませ、振り返ることもなく、そのまま店を出て行った。


それを見た若林は


「田中、例の取引先に行くの、いつなんだ?」


と尋ねる。


「3日後です。」


田中は答える。


「よしわかった、本腰入れてやるぞ。」


「えっ?」


「田中、俺はお前が可愛くて仕方ないんだ。なんて言ったって、俺が指導官として、初めて面倒見た新人なんだからな。」


「はい、ありがとうございます。」


「お前が藤堂にコケにされるってことは、俺がコケにされるのと同じだ。俺には我慢出来んよ。」


「いえ、別に主任は僕をコケにしてるのではなく、指導して下さっただけで。まして先輩をコケになんて・・・。」


先輩を宥めるように、田中は言うが


「お前はおとなしすぎる、いや優しすぎるぞ!」


若林の声は大きくなる。


「あの女は入社した頃から、高飛車で人を見下していて、同期の中でも鼻つまみ者だったんだ!」


(いや、主任は確かに厳しいですけど、決して高飛車ではないかと・・・。)


田中は思ったが、こんなことを言うと余計に若林を刺激するだけだと、言葉にはしなかった。


「確かに多少、仕事は出来るのかもしれんが、あれじゃ人は付いて来ない。アイツは人の上に立てる器じゃねぇんだよ。」


「・・・。」


「とにかく、目にモノ見せてやる。」


吐き捨てるように言う若林に、田中は何も言えなくなっていた。
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