Restart~あなたが好きだから~
それからも、七瀬はいつものように、勤務を続けてはいたが、周囲に厳しい言葉をぶつけることは、明らかに減って行った。


「やっぱり、人事部に叱られたのが堪えたのかな?」


周囲はひそひそと言っていたが、七瀬としては、まだ誰にも言えないが、役職を降りると決めた以上、余計なことはもうしないと決めただけであり、営業部長から呼び出されて、翻意を促されても


「部長からこんな言葉をいただけるなんて、光栄ですが、どうか我が儘をお許し下さい。」


と動じる様子を見せなかった。こうして1週間ほど時が過ぎた頃、動きが起こった。七瀬と若林が課長に呼ばれたのだ。面談室に入るなり


「辞令の内示だ。」


厳しい表情で告げた課長に


「辞令?」


全く予期していなかった若林が、緊張を隠せない表情で尋ねる。


「藤堂くんが営業部を外れることになった。後任は若林、君だ。」


「えっ?」


「ほ、本当ですか?」


よもやの言葉に、パッと表情を明るくする若林に対して、主任を降りるだけのつもりだったのに、営業部からも外れる事態になって、戸惑う七瀬は


「で、私はどこへ異動なのでしょうか?」


「専務秘書だ。」


「ええ!」


これには七瀬本人だけでなく、若林までが驚きの声を上げる。


「専務秘書、ですか・・・?」


信じられないというように問い返す七瀬に


「そうだ。この度、現職の秘書の方が退職されることになって、是非後任に藤堂くんをと、専務直々のご指名と聞いている。」


という課長の答えに、思わず若林が吹き出した。


「なにがおかしい?」


「すみません。」


課長に睨まれて、首をすくめる若林。


「正式発令は1週間後、それまでは他言無用だ。もしその前に漏れたら、この人事はなかったことになる。いいな、若林。」


「な、なんで俺だけに釘を刺すように・・・。」


「お前なら浮かれて、四方八方に吹聴しかねないからな。」


ぴしゃりと言われて、むくれながら黙る若林に対して


「あの・・・本当に専務が私を指名されたんですか?」


七瀬もまだ、釈然としないという表情で尋ねる。


「私はそう聞いている。」


「でも私は、専務とは今まで、ほとんど接触が・・・。」


「そこらへんのことは私にはわからない。ただ知っての通り専務は、社長のご子息であり、後継者であるから、その秘書になる以上、君の担う責務は、単なる役員秘書とは比べ物にならないくらいに重い。それは肝に銘じるように。」


重々しく告げる課長の言葉に、七瀬の表情は固くなる一方だった。
< 51 / 213 >

この作品をシェア

pagetop