Restart~あなたが好きだから~
「藤堂さん。」


そんな七瀬につられたように、表情を改めた城之内。


「はい。」


「私は専務にお仕えする前は、社長の秘書を務めていた。実はその時にね、社長が『私は還暦を過ぎたら、なるべく早い段階で一線を退きたいと思ってる。』って何度か漏らされたのを聞いたことがあるの。」


「そうなんですか?あのバイタリティ溢れる社長がそんなことをおっしゃってたなんて、俄かには信じられません。」


思わぬことを聞いて、驚きを隠せない七瀬。


「そうだよね、私も初めて聞いた時は耳を疑ったもの。でもあれは本心だと思う。」


「・・・。」


「ご存じの通り、専務は今度の株主総会で副社長に昇進されることが内定してる。そして今まで2人いた副社長が今度は1人になる。それが何を意味しているか、藤堂さんもわかるよね?」


「はい・・・。」


「そう、社長は後継者に自らの子息である専務を選ばれたっていうこと。そして恐らくだけど2期4年、ひょっとしたら1期2年で、それは現実のものになると思う。」


プライベ-トの食事会だとばかり思っていたら、そんな席で聞かされるには、あまりにも重い内容に、七瀬は思わず息を呑んだ。


「それに伴って、藤堂さんも専務秘書から副社長秘書、そして恐らく社長秘書になって、あの方を支えることになる。大変だろうけど、やりがいは滅茶苦茶あると思うよ。」


「・・・。」


「本当はね、私もチャレンジしてみたかったなぁ。でも私には、それ以上に実現したい夢があったから。」


「それってお聞きしても構いませんか?」


引き込まれるように七瀬が尋ねると


「もちろん。それはね・・・寿退社。子供の頃からの夢だったんだ。」


そう答えて、城之内はいたずらっぽく笑う。


「寿退社・・・ですか?」


思わず聞き返してしまった七瀬に


「私、『将来の夢は好きな人のお嫁さんになること』なんて、平気で口にするイタい少女だったんだよ。そのイタい少女が、そのままイタいアラサー女になって、今日に到りました。そのくせ、その憧れが実現したのに、さっき最後の退社打刻した時は、やっぱりちょっと寂しくなっちゃって・・・。バカみたいだよね。」


城之内は、今度は照れ臭そうに笑った。
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