成瀬課長はヒミツにしたい
 しばらくして、真理子は小さく口を開く。

「そうだな……」

 成瀬は顔を上げると、乃菜を愛おしそうに見つめた。


「佳菜もよく、あんな風に笑ったよ」

 成瀬の言葉に、真理子の心の中で何かが崩れ落ちるような音がする。

 真理子は冷たくなったカップを、両手でぎゅっと握りしめた。


 ――あぁ、そうか。私が社長にそっくりだと思った乃菜ちゃんの笑顔に、柊馬さんは佳菜さんを重ねてるんだ。


 真理子はじんわりとぼやけてくる視界のまま、冷めたコーヒーが揺れるのをじっと見つめる。


「柊馬さんにとって、佳菜さんの存在って……」

 真理子が声を出した時、それを遮るように成瀬が口を開いた。

「佳菜が教えてくれたんだ。佳菜が俺に、初めて笑い方を教えてくれた」

 真理子は、目の前が真っ暗になるような気がしていた。


「真理子……」

 成瀬が何か言おうとしている。

 それでも、今の真理子には成瀬の言葉の続きを聞く勇気なんてなかった。
< 138 / 413 >

この作品をシェア

pagetop