成瀬課長はヒミツにしたい
「ご、ごめんなさい。もう遅いし、私、帰りますね」

 真理子は突然立ちかがると、瞳にたまった涙がこぼれ落ちるのと同時に下を向く。

 それを成瀬に気づかれないように荷物をつかみ取ると、真理子は急いで玄関へと駆けだした。


「真理子。ちょっと待て!」

 後ろでバタバタと、成瀬が追いかけてくる足音が聞こえる。

 真理子はその音から逃げるように、両手で玄関のドアをバタンと閉じた。


 エレベーターに飛び乗り、マンションのエントランスを走って横切る。

 そして、息を切らしながら歩道へと飛び出した。

 足を止めた途端、目には次から次へと涙があふれだす。


 ――(かな)うわけない。そんな人に、私が敵うわけがないじゃない。


 真理子は口元を手で覆うと、わぁっと声を上げてしゃがみ込んだ。


 ――柊馬さんはずっと、佳菜さんの事が好きだったんだ。それはきっと、今でも変わらない……。


 冬を目前にした夜の風は、真理子の心の中までも冷たく吹き抜けて行くようだった。
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