成瀬課長はヒミツにしたい
「いや、それは……」

 成瀬は真理子から手を離すと、窓辺に視線を逸らす。

 その様子を見ながら、真理子の脳裏に、以前工場で田中さんと話した会話が浮かんだ。


 ――夢を叶えてくれる魔法のステッキ……。もう少し、頑張ってもいいの……?


 真理子は顔を上げると、勇気を出して成瀬の腕をぎゅっと握った。


「家政婦を続けることはできます。柊馬さんがそう言うなら、秘書にもなります。でもそれは、柊馬さんが第一家政婦として二人を支えるのが前提で、私はただ……」

 成瀬が思わず真理子を振り返った。

「ただ……?」


「私はただ……柊馬さんのパートナーでいたいだけなんです!」

 真理子は全身で言葉を発するように、両手にぐっと力を入れる。

 真理子の耳に、成瀬の息を吸う音が小さく聞こえた。

 見つめ合う二人の間には、長い沈黙が流れる。


「明彦には……お前が必要なんだ」

 しばらくして、成瀬が目を逸らすように、そうつぶやいた。

 真理子は成瀬の腕を、ぐっと自分の方へ引く。
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