成瀬課長はヒミツにしたい
「あんた、あの子と一緒にいる時の自分の顔、見たことあるかい?」

 田中さんは背伸びをすると、手を伸ばして突然、成瀬の頬をぎゅっとつねった。

「えっっ」

 成瀬はあまりの痛さと驚きで、思わず眼鏡をずり落としそうになる。

 その様子に田中さんは、にししと口角を上げた。

「ちゃーんと捕まえときな。それで、あんたの笑った顔、もう一度私に見せとくれよ」


 田中さんの言葉を聞いた途端、成瀬は思わず入り口を振り返る。

 そして次の瞬間には、もう駆けだしていた。

 成瀬は息を切らしながら、もと来た道を引き返す。


 頭では何も考えていなかった。

 ただ、真理子の笑顔だけが浮かんでいた。



「あれ? 成瀬さんは?」

 工場長が、辺りをきょろきょろしながらやって来る。

 田中さんは腰に手を当てると、あははと大きな声をあげて笑った。

「さぁ? 大事な用事でも、思い出したんでしょ。よし、仕事仕事!」

 腕まくりをする田中さんの横では、ハートのステッキがキラキラと輝いていた。
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