私の新しいパーティーメンバーが勇者よりも強い件。
その日の夜。
私は今朝、店主から預かった魔物退治クエストのためにカホスの街の端にある農場にやってきた。
美容に悪いと寝てしまったクリス様を残し、アレク様と。
「あの、アレク様も宿でお休みいただいてよろしいのですが…」
「えー、だって狩りには興味あるしー」
「か、狩りではなく、クエストです」
「そうそれー。なんかおもしろそー」
あ、遊び半分でついて来られるのも困るのだが…。
い、いや、ここは共に旅する仲間の実力を知る意味でも良い機会と捉えよう!
「そういえば戦闘に関してお二人はどの程度の実力があるのでしょう? 私は職業『戦士』で、レベルは54です。職業スキルは威圧『レベル1』と『斬空波』『烈翔剣』など…称号は『一流戦士』があります」
「…………。…なにそれ?」
まさかの⁉︎
「…しょ、職業とスキル、称号です! お国で習いませんでしたか⁉︎」
「あ、あるにはあったけど…うちの国となんか違う…」
「な、なんと!」
えー、ど、どうしたらいいんだ? この場合…。
あ、そうだ!
「ステータス…ステータスを開いてみては?」
「ステータス? どうやって見るの?」
「ん、んん…」
ステータスの見方も知らないのか。
思っていた以上に世間知らずなのだな。
これは、気合いを入れなければ…!
「人差し指で縦にこう…空中で上から下に滑らせるのです」
「こう?」
スッ、と空中を人差し指で上から下へなぞる。
そうすれば本人だけにしか見ることのできない『ステータス』が閲覧できるのだ。
この世界の常識なんだが…よく知らずに生きてきたな…。
「どうです?」
「うん、なにか出たー」
な、なにかか…。
「そこにレベル、職業やHP数値、MP数値、攻撃力、防御力、魔法攻撃力、魔法防御力、素早さ、そして運。職業スキルと称号が確認できます。横に指をスライドすると、装備の確認も出来ますよ」
「ふーん……………」
ステータスの確認中なんだろう。
かなり私の話は右から左の様子だ。
「…………。あのね、オルガ」
「はい、なんですか」
「エラーって書いてあるんだけど」
「はい⁉︎」
「HP? は5、8、9…00000、MP9、0、8、0000。…他は全部エラー」
「え? え??」
み、耳がおかしくなった?
ご、58900000?
MPが9080000?
き、き、聞き間違い?
他が全てエラーって…。
「はっ! レ、レベルはっ。職業は…」
「レベルは1031」
せ、1031⁉︎
「職業は『黒炎狙撃王子』」
き、聞いたこともないんだが⁉︎
「…………。ふつう?」
「では、ない、ですね…」
「だよねー」
自覚はおありか。
…だが昼間に街全体、それも魔物のみを対象にした雷の魔法…らしきもの…あれをアレク様が使ったのだとしたらこのレベルも納得だ。
「ス、スキルはどんなものが」
「んー…たくさんあって文字が細かくて読めなーい」
「…………」
レ、レベル1031ならそれも仕方ない、のだろうか?
だ、だが私より年下でレベル1031って、どんな生活していたらそんなことになるんだ…⁉︎
そもそもレベル1000超えなんて初めて聞いたぞ…!
「でも父上にも母上にも兄様たちにも狙撃系が向いてるよって言われたから『狙撃王子』は納得ー」
「そ、そうなのですね…」
統一感のない呼び方をなさるな。
というか、こんな子供にレベル1031になるような鍛錬積ませるご家庭って…。
王族がそれほど過酷な家庭環境だとは知らなかった…!
もっと優雅で贅沢な生活をしているイメージだったが……所詮は華やかな面しか見ていなかったということなのだな…!
エリナ姫も「日々勉強とマナーのレッスンばかりで息がつまる日々なのですよ」と微笑まれていたが、それは我々の想像を遥かに超える過酷な生活をオブラートにお隠しになっての事だったのか…‼︎
「…………確か、身分は隠したいのでしたね?」
「あ、そだねー。だとすると『狙撃手』ってことにすればいーい?」
「いえ、そのような職業もありませんので…。…そもそも、武器はなにを?」
「なんにもないよー」
なんにもないよー⁉︎
「ぶ、武具をお持ちでないのですか⁉︎」
「うん」
「それはいけません! 危険すぎます、明日購入なさってください! ええと、とにかく初心者…初心者ではなかった! ではなく、何か得意な武器などは⁉︎」
「銃?」
「“じゅう”とは⁉︎」
わ、訳の分からないことを仰っているなー⁉︎
「…………銃がないの? うーん、他に得意なもの…弓矢かな」
「ゆ、弓矢……わ、分かりました。私も大金は持っておりませんので、初心者が使う木の弓になるかとは思いますが…」
「え、いらないよー」
「なりません⁉︎」
「武器がないなら素手で殴ればいいんだもーん」
「…⁉︎」
な、なんという脳筋の理屈…!
我が両親と同じことを言ってる…!
「ところで、もしかしてクエスト? の標的ってあれのこと?」
「!」
剣の柄を掴み、姿勢を低くして樽の影から鶏小屋の方へゆっくり顔を出す。
獣の気配。
鶏たちはまだ騒ぎもせずにおとなしいが、夜の闇の中、目を凝らす。
「…………?」
なにも、いない?
「…すごい血臭…♪ あれは人間食べた事あるね…」
「⁉︎ アレク様には見えておられるのか?」
「様付け不要って言ったよね」
「申し訳…」
ゾワッ!
背筋が突然、怖気に粟立つ。
な、んだ。
普通の魔物の気配では、ない。
恐る恐る、樽に背を預けたままもう一度鶏小屋の方を見た。
ふご、ふごという荒い息遣い。
巨大な、丸々とした豚のような魔物が牛を一頭咥えたまま歩いてきた。
ここでやっとズシ、ズシ…という重々しい足音が聞こえる。
「な…」
クエストでは狼型の魔物と言われていたが…。
「っ」
スキル『鑑定眼レベル1』発動!
…【グレートボア】レベル45。
属性『土』
ボア系の上位種。
巨体での突進は小型のボアの比ではなく、防御貫通能力を有する。
低確率で即死する。
「…………っ!」
これは、じょ、上級種の魔物…!
どうしてこんなところに…。
この辺りの魔物の平均レベルは30前後のはず。
「昼間いた奴と同じやつだー」
「!」
まさか、昼間に襲ってきた魔物の群れの生き残り⁉︎
…まずい、レベルはともかくこちらの装備であれと戦うのは…。
しかも防御貫通能力がある。
恐らくあの巨大な牙だ。
ここは一旦引くしか…。
「あれをやっつけるんでしょ?」
「いえ、あれは依頼の魔物ではありません。我々の装備で奴を倒すのは不可能です。一度戻りましょう」
「どうして? あの牛さんまだ助けられるじゃない」
「え?」
人差し指を立てて、それをグレートボアへと向けるアレク様。
そして次の瞬間、その腕を黒い炎が覆う。
黒い、炎…昼間に、丸焦げの塊を完全に消し去った…。
ま、さか…。
「盗み食いする悪い子はお仕置き!」
黒い炎がアレク様の指先に灯った瞬間、漆黒の一閃が指先からグレートボアの顳顬(こめかみ)を貫通する。
一瞬動きの止まったグレートボアは、数秒後、横向きに倒れこむ。
口から解放された牛にアレク様はスタスタと近づくと「ヒール」と詠唱もなしで回復魔法を使ってみせた。
「……………」
そ、想像を、絶する。
レベル、1031。
狙撃手…聞いたこともない職業。
でも、その意味をまざまざと見せつけられた。
「立てる? わあ、立った立ったー。よしよし、怖かったね。一人でお部屋に帰れる? いい子だねー」
怪我も癒えて立ち上がった牛へ話しかけ、撫でるアレク様。
…私は、その場から立てなかった。
信じられなくて。
でも、我が目で見てしまったことを疑うこともできない。
『黒炎狙撃王子』とはよく言ったものだ。
「……………」
立ち上がり、倒れた魔物に近付いた。
顳顬を撃ち抜かれ、死んでいる。
しかし、まだ死体が消えることなく残っているということは…肉体ダメージが消えるほどあったわけではないということか。
「ねえねえ、これ美味しそうだよねー。食べられるかな?」
「そ、そうですね。女将さんとご主人にお土産で持って帰りましょうか…」
まさか、食べるつもりで肉体ダメージを最小限にしたのか?
世間知らずと言っていたが魔物の倒し方はご存知なのだろうか…。
まあ、確かに一部の獣系の魔物は肉が美味しいと高値で取引されるが…。
「…………。アレク殿下は魔法も使えるんですね」
「殿下も敬語も禁止ー。アレクでいいよー。畏まられたら王族ってバレるでしょー」
「うっ。…で、ではアレク」
「…うん、魔法は使えるよー。近接戦闘より長距離と超長距離、広範囲系の魔法が得意なんだよねー、僕。だから得意な属性は『火』と『雷』と『土』…あとは『光』もかなー」
ちょ、超長距離ってなんだろう…初めて聞いた…。
「では、今のは?」
「今の? 今のは僕の黒炎能力…んー…固有技って言えばわかる? 特技の方がわかりやすいー?」
「こ、固有スキルのことでしょうか?」
「あ、うん、そんな感じ」
…固有スキル技!
いや、レベル1000以上に達しているのならいくつか持っていてもおかしくはない!
すごい…固有スキルはその職業を極めた者だけが手にすることのできる、その人だけの必殺技だ。
そうか、固有スキルまでお持ちなのか…本当にすごいな…!
「因みにクリスは防御系と補助系と回復系が得意なんだー。だから得意属性は『水』『風』『土』『光』だね」
「! それは…ありがたいですね」
「うん! …まあ、父上や母上には軟弱って言われるんだけどねー」
「…す、凄まじいご家庭なのですね…」
防御や回復系をそんな風に切り捨てるなんて…うちの両親より脳筋の戦闘脳なのでは…。
だ、大丈夫なのだろうか、その国…。
「…もー、敬語はダメって言ったのにー」
「あ、す、すみませ、いや、すまない」
「ううん、いいよ。早く慣れてねー」
「気をつける…」
王族の方とバレないため。
でも、王族の方に敬語を使わないとなると…この無骨な喋り方になってしまうんだが…本当にいいのだろうか。
「明日は朝からステーキだー」
「⁉︎」
ひょい、とあの超巨大グレートボアを片手で持ち上げる。
ふ、普通に『戦士』五、六人じゃないと運べなさそうだと思っていたのに…!
「…………」
も、もしかしなくても……私の新しいパーティーメンバー勇者よりも強くないか……?
【改ページ】
********
「えーと、レベル953。職業は『万能回復王子』」
「ま、またも聞いたことのない職業と聞いたことのないレベルです…。あと、本当に朝からステーキって胃が重くないのですか?」
「んもー、オルガまた敬語ー」
「すみま、っ…す、すまない」
翌朝、クリス様のレベルと職業もステーキ…じゃなくてステータスで確認してもらった。
やはり私が18年生きてきて聞いたことのないレベルと職業。
黙々とステーキを食べる二人のステータス…どう考えても異常だ。
私の知る限り世界で最もレベルが高い『剣聖勇者』アーノルス様でもレベルは150と聞く。
この二人のレベルは…アーノルス様を軽々上回っている。
どこのお国かはわからないが…王族の方とはこれほどまでに民草とは別格なのか。
我がマティアスティーン王国の姫君エリナ様は我々とあまりレベルは変わらなかったが、きっと鍛錬を積めば瞬く間にこの二人のように…?
「どうしたの〜?」
「あ、いえ! で、ではなく…いいや、なんでもない」
「そう?」
「はいよ、追加のグレードボアステーキお待ち!」
「わーい」
「わ〜い」
「…………」
五枚目……。
流石に食べ過ぎなのでは。
…い、いや、きっと成長期なのだろう!
たくさん食べるのはいいことだ!
「残りの肉は本当に買い取らせてもらってもいいのかい? ここ半年、街に商人が寄ってくれないからこっちとしてはありがたいけど…」
「うん。いーよー。あんなの持ち歩けないしー」
「女将さん、その代わり店にある干し肉を譲ってもらってもいいだろうか?」
「ああ! あれだけあれば干し肉なんてまた作れるからね!」
「助かる」
…でも、正直このお二人の食べっぷりを見ると…数日で無くなりそうだな…。
旅の最中は食べられそうな魔物を率先して狙わなければ餓死するかもしれない。
気を付けねば…。
「本当に助かったよ。うちの街は数ヶ月前から商人のキャラバンも素通りしていたからねぇ。ベーコンの残りも心許なかったんだ」
「農場の牛は乳牛だしね」
「ああ。お陰でしばらくは街の食料も安心だな」
「それは良かった」
「そうだ、グレードボアの牙と皮はどうする? 他の街に持って行って売れば、装備を整えられるんじゃあないかい? うちの街は武器屋も防具屋もないから…」
「そうですね…」
グレードボアが落としたお金もあるし…次の街で装備を整えればもっとたくさん魔物と戦える。
クエストも高度なものを受けられるし、路銀も増やせる…………食費も。
「大変だ!」
「⁉︎」
「どうしたんだい、ドガール」
酒屋兼食堂に飛び込んできたのはこの街に『勇者待ち』している冒険者の一人、ドガール。
血相を変えて、足を縺(もつ)れさせてテーブルに倒れ込む。
店主がコップに水を入れて持っていくと、ゼエゼエしながら飲み干す。
「落ち着いたかい?」
「はあ…はあ…、…た、大変だ、大変なんだ…! とんでもない魔物の群れが…一週間前からメディレディア王国の首都…ステンドに連日押し寄せているらしいんだ! 難民がコホセに流れ込んでいて…今、この街にも…!」
「なんだと…⁉︎」
「メディレディア王国って?」
「隣の国です。まさか、直接王都を狙ってくるなんて…! すぐに応援に向かわねば!」
「なんで?」
「な…?」
きょとんとするアレクとクリス。
その表情は無垢なもの。
本当に、純粋な疑問として聞いている…。
「何故って、首都が襲われているのですよ⁉︎」
「この国の首都じゃないんでしょー? それに、君は装備がしょぼい。戦力になるの?」
「うっ…!」
「あとその隣国の首都が襲われたのが一週間前だっけ? ここに情報が巡ってくる時間が一週間ということは、ここからその首都へ行くまでに一週間ってことだよねー」
「…っ、そ、それは…」
「やれることと言えば難民の支援が先じゃない〜? 王都に住む住人が散り散りになって逃げたと考えると、どの街も食糧が圧迫される〜。美味しい魔物がいるなら、ボクらはそれを狩って支援する方が向いてると思うな〜」
「…………」
えが、笑顔で…。
「……………。確かに…、…確かにその通りですね…」
私はもう勇者のパーティーではないんだ。
魔物を倒すのが使命ではない。
ここは最前線でもなければ、メディレディア王国でもない。
隣国の民がここ、バオテンルカ王国にまで逃げ延びてきているとなると…メディレディア王国は………もう…。
それならバオテンルカ王国に協力して、か弱き民を守り支援することも立派な戦士の責務と言えるだろう。
他国の事情とは言え、なにもしないなんてことはできない!
「…っ、私はなんと未熟で無力なのだ…!」
「…ど真面目さんだねー、オルガってー」
「でも王都を守りきれないなんて〜、戦力しょっぼ〜い」
「……うちの国の騎士たちが異常だとも思うけどねー」
「え〜? そ〜なのぉ〜?」
「だってオルガのレベルで高い方なんだったよー? 『鑑定眼』で見たけどここの街の冒険者はみーんな小粒納豆みたーい」
小粒納豆…。
…ああ…ドガールがショックでまた膝から崩れ落ちた…!
「…お二人の国の騎士はレベルがもっと高いのかい?」
「隊長クラスは全員200は超えてるねー」
「…………化け物かい…?」
女将さんが引きつりながらそう聞き返してしまうのも無理ないレベルだ…!
私も思わず口が開いてしまう。
「い、一体どのような鍛練を積めばそこまで上り詰められるのですか⁉︎」
「さぁ? お家柄、小さい頃からそこそこ厳しい鍛練を積んでるみたいだしー…」
「オルガは強くなりたいの〜? アレクに鍛練の相手をして貰えば〜?」
「! よろしくお願いします、アレク様!」
「敬語ー。あと様付けー」
「師となる方になら問題ありますまい!」
「ワァ…聞く耳なし系ー…。僕やるとは言ってないのにー…」
よし、そうと決まれば準備を整えて街を出よう!
テーブルに残っていた肉やサラダを流し込むように食べて、席を立つ。
二人はまたもきょとーんとしている。
「さあ! まずは肉となる魔物を探しに行きましょう! この街や、近隣の街にも食糧を届けなければ!」
「切り替え早…」
「オルガ、あんたその装備で…!」
「無茶はしません! コホセの街に行ったら装備は整えます!」
「そ、それならいいけど…。…全く…」
女将さんが何故か笑う。
よくわからないが、部屋に一度戻って忘れ物がないかチェックする。
長い間世話になったからな、ササっとだが…床を掃除してから部屋を出た。
今日はたくさん戦うぞ!
「お待たせいたしましたお二方! さあ、参りましょ…、…行きますよ!」
「えー」
「え〜」
まだ食べる二人を引きずりながら、私はついにカホスの街を旅立つのだった。