私の新しいパーティーメンバーが勇者よりも強い件。
コホセの街に来て三日が過ぎた。
近隣の街や村へ肉として食せる魔物を狩って届け続けた事で、難民による食糧不足はほぼ解消されたと言っていい。
そして、コホセの街にメディレディア王国の首都ステンドを襲撃した魔物と戦った冒険者たちもちらほらと現れ始めた。
街の役人たちは人数把握のためなのか、彼らの名前やステータスなどをメモしていく。
恐らく食糧の関係だろう。
「…首都の様子は?」
「街は魔物の群れに占拠されている。でも城に数百人の兵士と王族、そして、勇者が二人籠城して守っているんだ! 早く助けないと…」
「今大国の勇者たちがこの街に向かっている。間もなく到着するはずだ」
「ここでパーティーを組み直して、ステンドを奪還するんだな…! 俺も参加するぜ!」
「ああ…でも、この怪我じゃあ…」
「…は〜あ…辛気臭〜い」
「怪我をした者はこちらへ! こちらの方は治癒魔法を使える! 四肢をなくした者も元に戻せるそうだ! 治療費は不要! 動けない者には私が手を貸そう!」
街の広場。
今日は辿り着いた冒険者たちの怪我を、クリス様が治療して下さると言い出した。
難民で溢れる街中。
後から来た冒険者たちは酒場や宿屋のロビーくらいしか身を寄せるところがない。
それでも怪我の少ない者は、このように情報交換がてら街の中心の広場に集まって座り込んでいたのだ。
そこへクリス様が赴かれ、エリアヒールで冒険者たちの怪我を癒していく。
戦闘向きではなく、治癒魔法を得意とするクリス様。
よもや、失った四肢すら取り戻せるレベルの治癒魔法なんて聞いたこともなかったが…。
「お、おい、本当に俺の腕を元に戻せるのか…?」
「あ、本当にない人いた〜。オッケ〜、手を出して〜」
包帯でグルグル巻きにされた右腕。
肘から下を失った剣士らしき男が、松葉杖をつきながら近づいて来た。
クリス様が包帯を解いて、まだ血の滴る傷口へ両手をかざす。
やはり特に詠唱もせずに光が集まり、男の腕を包むと肉と骨が早送りでもこもこと成長していく。
そして、瞬く間に…腕が生えた。
「…お、俺の手が…俺の手が戻ったぁぁ!」
「す、すごい…⁉︎ 奇跡だ!」
「はぁ〜? そういう言い方やめてくれる〜? ボクちゃぁんと勉強とかしたんだからね〜!」
「ひえ、す、すみません…」
…凄いのだが………凄いのだが、頬を膨らませてすぐ拗ねるところは…どうしたものか。
「す、すげぇ! 本当になくなった腕が戻ってるぞ…。なんだ、あの美女…」
「せ、聖女様じゃないか? どこかの国の勇者が聖女の称号を持つ乙女を連れていると聞いたことがあるぞ」
「あ、あれが聖女様か!」
…………違う。
そして、その聖女様とは我が国のエリナ姫のことだ。
その聖女様を連れた勇者とはカルセドニーの事だ。
…残念ながらエリナ姫の治癒魔法では、なくした四肢を元に戻す事はまだ出来ないだろう。
「大盛況だねー」
「アレク様。街長(まちおさ)様とのお話は…?」
「うん、大体ねー。…近隣の街や村の食糧問題は概ね解消したと見ていいけどー、バオテンルカ王国からの支援はまだ準備中なんだってー。それに僕らが食糧を運んだのはコホセの街周辺だけ…メディレディア側の方が難民や食糧や物資の問題は深刻だろうけどー…そっち側にバオテンルカ側から支援するのはなんか色々国のあれこれがあるんだってー」
「く、国のあれこれですか」
「そー。だから、僕らが動ける範囲で定期的にまた近場の街や村の様子を見にいく必要はあるかなーって。でもー、その前に勇者たちがこの街に集まってパーティーを組んでー、ステンドを奪還しに行くだろうーってさー」
「! …やはり冒険者たちの噂は本当なのですね」
「そうみたいだねー。…クリスがこの街に来ている冒険者たちを治癒すれば戦力も増えるだろうねー。…あ、でもー、待ち合わせ場所はもう一つあるんだってー」
「東の国境の街、スドボですね」
「うん。そこで冒険者たちを募って〜、ナドレという街で合流してー、一気にステンドへ攻めるみたい。…けど、あと数日かかるだろうね」
「ステンド城に籠城している勇者がいるという話は…」
「それも本当っぽーい。どこの国の勇者か、聞きたい?」
「…え」
ジッと細くなった黒い瞳が見据えてくる。
…籠城している勇者…。
カルセドニーたちとは、このコホセの街で別れた。
普通に考えれば、カルセドニーたちはメディレディア王国、ステンドへと向かっただろう。
実際そういう話をしていた。
ステンドへ向かい、メディレディアの王に謁見し、しばらくはステンド城を拠点に魔物を討伐しつつレベルを上げよう…と。
だから、カルセドニーたちがステンド城に籠城している可能性はある。
…いや、もちろん…私と別れた後にスドボ方面へ向かった可能性もあるが…。
もしもカルセドニーたちがステンド城に籠城しているなら…私は…。
「勇者だ! 勇者が来たぞ!」
一人の冒険者の声で、広場が別な騒めきに変わる。
白馬に跨った、白い鎧、赤いマントを翻す金髪の男。
明らかに纏うオーラが違う。
「だ、誰だ?」
「金の髪に青い瞳…鎧に描かれたマスキレア王国の紋章…!」
「剣聖勇者アーノルスだ!」
「!」
剣聖勇者アーノルス!
あの方がこの世界最強の勇者…アーノルス様…!
ではその後ろから来るのが、世界最強のパーティーと言われたアーノルス様のお仲間か…!
「有名人?」
「この世界の剣聖であり、大国マスキレア王国の勇者アーノルス様です。噂ではレベルが150に達しているとか…!」
「え、たった?」
「………そんな事は言ってはいけません…」
「…ごめんなさーい…」
…レベル1000超えの貴方から見れば皆そうでしょう…。
「…やっと一人目の勇者が到着したんだねー。それじゃあ街長を呼んできた方がいいかなー」
「え、アレク様がわざわざ⁉︎ 私が参ります」
「それじゃあ僕が先に街長に教えに行くよ。オルガはあの人を役場に案内して来てー。街長が来いって言うんなら、このまま待たせてオルガが改めて街長呼びに来てよー」
「…そうですね、入れ違いになっては困る…。分かりました」
クリス様は相変わらずマイペースに冒険者たちの治癒を行なっている。
その場所へと近付いてくる、アーノルス様御一行。
アレク様が街長にアーノルス様ご到着の報告に行っている間に、ご意向を確認しないと。
「? 失礼、君はなにをしているんだい?」
「なにって見りゃわかるでしょ〜? 怪我人を治してるの〜。怪我してないなら邪魔だからどっか行ってくれる〜?」
うわあああああああ⁉︎
「ク、クリス様!」
「あ、オルガどこ行ってたの〜? 怪我治ったのにわらわら話しかけてくる奴ら追っ払ってよ〜。邪魔〜」
「こちらの方は勇者ですよ⁉︎ そんな言い方してはダメです!」
「え〜知らな〜〜い。興味ないし〜」
「んもおおぉ! …も、申し訳ございませんアーノルス様。か、彼は少し偏屈というか…中身が子供でして!」
「彼? 女性ではないのか?」
「…ふふ〜ん、天女と見紛う美しさでしょ〜?」
「………っ…」
あ、こ、これはまさか話が果てしなく長くなるあの症状の前兆…⁉︎
ま、まずい…。
「っ、そ、それよりも、連れの者が街長様へアーノルス様のご到着を報告に行っております。こちらで街長様をお待ちになるか、必要ならば役場までご案内しますが…」
「それはご丁寧に」
馬が軽く嘶く。
乗っていた馬から降りて、私の方へと歩み寄るアーノルス様。
そんな、まさか馬から降りて…⁉︎
「案内してもらえるのなら助かるよ。私の事は知っていてくれるようだけど…改めて。私はアーノルス。マスキレア王国の勇者をさせていただいている者だ」
「存じ上げております」
跪き、頭を下げる。
…剣聖勇者…剣士にとって最も憧れの存在。
私も戦士の前…初級職、剣士の時代には憧れたものだ!
そんな方がまさかわざわざ馬から降りて、私などに名を名乗ってくださるなんて。
「私は戦士、オルガと申します。僭越ながら街役場へご案内します」
「むぅ〜〜っ!」
…?
な、なんか真横でクリス様が不貞腐れているような気配が…?
「んもおおぉ〜! オルガこそなに気安く他の男に跪いてるのぉ〜⁉︎ ボクとアレクの従者がそんなことしたらダメでしょ〜⁉︎」
「ええ⁉︎ い、いつの間に私はクリス様とアレク様の従者に⁉︎」
「今! ボクが決めたの〜! けって〜い!」
「えええええ⁉︎ い、今⁉︎」
腕を引っ張られて立たされる。
…な、なんという我儘王子!
な、懐いて頂いているのはこちらとしてもありがたいのだが…せ、せめて事前にこちらの了承を取ってほしい…!
いや、アレク様はともかくクリス様は従者の一人でも必要な気はしていたけれど…。
「…………。…ふふふ、なんだか楽しそうだね。場所だけ教えてもらえれば大丈夫。…君から大切な従者を取ったりしないよ」
「はあ〜? そんなの当たり前なんですけどぉ〜!」
「クリス様!」
咎めるように声を掛けるが、腕を離してもらえる気配はない。
なにやらクリス様を聖女と崇め始めた数人の冒険者から「なんだあいつは、聖女様の男か?」「聖女様に腕を組まれて…あの男なんて羨ましい!」等々の声が上がる。
わ、私は男ではないし、クリス様は女ではないのだが…。
訂正するよりも先にアーノルス様を役場に案内しないと…!
「クリス様、アレク様にアーノルス様を役場へ案内するように頼まれているんです。離してください」
「え〜、アレクに? …それじゃあ仕方ないな〜。ボクも一緒に行ってあげる〜」
「え、でも…」
「だって怪我人は粗方治し終わったもん。重傷な奴は街に来た時に治してやってるし」
「…そ、そうですね」
死にそうになりながらもコホセの街になんとか辿り着いた緊急性の高い怪我人は、その日のうちにクリス様が治癒している。
ここに集まっている冒険者は、軽傷だったり命に別状はないものの四肢の一部がなかったりする者が多い。
…性格はともかく、クリス様の治癒魔法の力は絶大だ。
…性別はともかく、聖女と勘違いされるのも無理はない。
「君たちはパーティーなの?」
「はい、私が仲間に入れていただいている形ですが…。あ、こちらです」
剥がれる気配のないクリス様を腕に引っ付けたまま、仕方なく歩き出す。
アーノルス様と、そのパーティーメンバーたちも馬から降りて私について来てくれた。
マントのフードを外した彼の仲間たちは皆若く、顔つきも自信に満ちていて頼もしい。
これが最強勇者のパーティーか。
「アレク様というのは?」
「クリス様、こちらの方の兄君です。ええと、お二人は身分をお隠しになった高貴な方でして…見聞の旅の途中なのだそうです。世俗にそれほどお詳しいわけではないので、私が色々とお世話をさせていただいております」
「なんと、そうなのか。だが、確かに素晴らしい治癒魔法だった。…ああ、でも身分を隠されているならあまり詮索はしない方がいいかな?」
「で、出来れば…」
「分かった。…でも…それほどの治癒魔法の腕…もし可能なら、ステンド奪還作戦に参加していただけないだろうか?」
「!」
ステンド奪還作戦。
…確かにクリス様が居れば、多くの冒険者が救われるだろう。
これほどの治癒魔法の使い手はそうはいない。
…クリス様が行かれるのなら、私も奪還作戦に参加できる…?
ステンド城に籠城する勇者がもしもカルセドニーなら…私は…。
「え〜。アレクとオルガが行くなら行くけど〜? ぶっちゃけそんな服の汚れそうなところ行きたくないな〜」
「ク、クリス様…」
ブレないなこの人…。
「…アレク様という方がパーティーリーダーなのかな?」
「そ、うですね…」
そうだな、ある意味。
アレク様の提案に、私もクリス様も従う事がほとんどだ。
あの人の指示は大局を見ていると思う。
我々のような少数でも、例え小さなことでも、多くの人を助けている。
本当ならもっと南の方の町や村にも食糧となる魔物を狩って届けたいところだが…コホセの街から離れすぎてしまう。
…もしそちらの方へも食糧を届けに行くのなら少し準備がいるよねー、と相変わらず間伸びした口調で仰っていたが…ステンドよりも南へと行くのなら確かに準備は必要だ。
メディレディア王国の南側となると南西の大陸に近くなる。
魔物のレベルはこの付近の魔物とは桁違いに高くなるだろう。
難民たちがステンドよりも南に逃げるとはあまり考えられないのだが、決してないとも言い切れない。
その確認を行う意味でも南側に行くのは必要になる…。
「こちらがこの街の役場です」
「ありがとう。アレク様も中かな?」
「? はい、恐らく」
…アレク様に用事?
あ、もしかしてクリス様を奪還作戦に参加させて欲しいと頼むのか?
馬を繋ぎ、仲間たちとともに役場に入っていくアーノルス様。
…私はなぜか、そこから先へと立ち入れなかった。
「オルガ、入らないの〜?」
「ええと…」
「…なにか、怖いことでもあるの?」
怖いこと?
私に怖いものなんて…………。
ーーーレベルが足りない。足手まといだ。
な…カルセドニー…?
ーーーお前、女らしさのカケラもなくてテンション下がる。やる気が出ないんだよ!
…………⁉︎
ーーーオルガさんって髪はボサボサだし、筋肉質だし男みたいですよねー。
ーーーお前と一緒にいると気が滅入るんだ。女子としてのレベルが圧倒的にお前、足りない! 自覚ないのか?
……そ、それは…。
ーーー魔物を倒すしか能のない女なんてうちのパーティーにいらないんだよ! 出て行ってくれ…!
カルセドニー…。
「………………」
その通りだ。
私は魔物を倒すしか能がない。
髪はボサボサ、化粧なんてしたこともない。
肩幅はあるし、背も高い。
筋肉質で、女性特有の柔らかさもでっぱりもないし…中でも手は幼い頃から両親に教え込まれた格闘術と剣術の稽古でゴツゴツしている。
大体の人間は初見で私を男だと勘違いしてくるし、女扱いなんてされた事もない。
…カルセドニーに大切に扱われるナナリーやエリナ姫を羨ましいと思ったわけではないし、自分もあんな扱いをされてみたいわけでもないが…。
ずっと苦楽を共にしてきた、家族同然の幼馴染に女らしくないことを理由に拒まれたのが…ただ悲しかった。
「…そういうわけではないんです…。ただ、我々が参加してもいい話なのかと…」
「え〜、いいんじゃない? なんでダメなの?」
「…………」
…そうだ。
別に、悪い事じゃない。
退出を促されたら出ていけばいい。
『出て行ってくれ…!』
「……………………」
もし、アレク様にも同じように言われたら、私は。
「? …行こうよオルガ」
「あ…」
腕を引かれて役場へと入ってしまう。
応接間へとグイグイ引っ張られ、そしてクリス様は遠慮もなくその扉を開ける。
「アレク〜」
「あ、クリスー、オルガー。よかったー、呼びに行こうかと思ってたんだよねー」
「え? わ、私も?」
「勿論です。あなた方は我が街の、いや、この近隣の街や村の恩人ですからね!」
は?
「な、なんのお話ですか?」
「アーノルス様が奪還作戦にクリス様を同行させて欲しいと仰っておりましたので、それならばアレク様とオルガ様もお連れになられた方が絶対にいいです! と、お話していたところだったのです!」
「ま、街長様…⁉︎」
なんだか力強く拳を握って力説しているコホセの街長。
わ、私も?
このお二人だけではなく、私も奪還作戦に?
…し、しかし…。
「そんな…私など足手まといになります…」
「そんな事ございません!」
「街長様、私はまだレベル60です。剣聖であるアーノルス様の足元にも及びません。足手まといです」
同行は、断る。
私は足手まといになると思うから。
首を横に振ると、街長はまだ「ご謙遜を!」とイマイチ話を聞いてくれない。
この街に滞在する冒険者の中ではレベルも高い方かもしれないが、アーノルス様やその仲間たちに比べれば…。
「待ってくれないかな」
「? アーノルス様?」
「もう一人、この街に来る予定の勇者を待つつもりなんだけど、その間にこの街にいる高レベルの冒険者にも奪還作戦に同行してもらいたいと思って街長に紹介を頼んだんだ。そうしたら、君たち三人はとても素晴らしいパーティーだと言われた。今、君は自分のレベルを『60』と言わなかった?」
「え? は、はい」
「私のパーティーメンバーは皆55前後だ。君はうちのメンバーより強い」
「…⁉︎ え…」
「本当、今聞いて驚いちゃったわ。あなた強いのね。ワタシ強い男の子って好きよ」
「オルガは女の子だよ」
「え…?」
「え⁉︎」
「な、なにぃ⁉︎」
「…そうだったのか」
クリス様の言葉に街長がウンウンと頷く。
どういう意味だろう。
アーノルス様たちの反応はいつもの事なので、慣れたものだが…。
「ちなみに、クリス様とアレク様、レベルは?」
「オルガよりは少しだけ強いくらいかなー」
「ね〜」
「………………」
…“少し”……?
「あとー、僕らのこと別に様付けで呼ばなくていいんだけどー? なんで初対面なのに様付けされなきゃいけないのー?」
「あ、すまない。オルガが君たちを様付けで呼んでいたから」
「オルガが僕らを様付けで呼ぶのは僕らがオルガの戦闘指南の先生だからだよー。ね、オルガ?」
「あ、は、はい! そ、そうなんです」
…………す、すみませんアレク様…。
お二人が高貴な身分である事は、アーノルス様にすでにバラしてしまいました…‼︎
「へぇ、そうなのか。色々肩書きがあって大変そうだね、オルガ。…うぷぷぷぷ…」
「…………」
ア、アーノルス様に笑われてしまった…。
「ともかく! あなた方はこの街にいる冒険者の中では高レベルなのでしょう? 是非、ステンド奪還作戦に参加してくれないかしら? ワタシたちも急な知らせで現状の把握はあまり出来ていないから、まずはそこからになると思うんだけど」
「あー、それなら僕ら三日くらい前からこの街に辿り着いたステンド防衛戦に参加した冒険者たちに色々話は聞いてるからー、少しくらいなら説明できるかもー」
「本当か⁉︎ 素晴らしいな、是非頼む!」
「待ってリガル。仲間になるかもしれない人たちだ。まずは自己紹介だろう」
「む! それもそうですね、アーノルス様!」
…アーノルス様…剣聖勇者のパーティー。
噂では聞いていた。
恐らく…。
「俺はリガル! 職業は騎士だ! レベルは55。よろしく頼む!」
赤髪の騎士リガル様。
戦斧の使い手で、体力と防御力に秀でた前衛。
アーノルス様に背中を任される唯一の人物。
「ワタシはリリス。職業は魔女。レベルは56。好きなタイプは強い男の子よ。出来れば15、6歳の青臭い子がいいわね〜」
魔女リリス様。
攻撃特化の女魔法使い。
…ん、んー?
魔法使いとはもっと着込んでいるイメージだが、ナナリーと同じくらい露出が激しいな…?
ナナリーは魔女を目指していたのだろうか…?
「我輩はローグス。職業は回復師。レベルは54だ。マスキレア王国の認定回復師で、医者でもある。具合が悪い時は気軽に相談したまえ」
回復師ローグス様。
リリス様同様『魔法使い』の上位職であり、回復系を専門とするパーティーの命綱。
レベル上げが困難な職業の一つだが、それでもレベル54…!
凄い…!
「そして私はアーノルス。職業は勇者。レベルは154だ。君たちは?」
「僕はアレク。職業は〜…なんだっけ、オルガ」
「そ、狙撃手です」
「聞いたことのない職業ね? 弓士の上位職?」
「そうそう、そんな感じー」
「アレク様は弓矢を使わず、魔法で弓矢のように魔物を射て倒す方なのです」
「! それは凄いな…! そんな戦い方は初めて聞いたぞ!」
…うーん、リガル様は耳が痛くなる大声で話す方だな。
そして何故だろう。
犬のように尻尾を振っているように見えてきた。
何故…。
「ボクは?」
「…クリス様は回復師です」
ややこしいので。
「おお、やはり我輩と同じ回復師か。失った四肢の治癒は我輩たちのような回復師にしか出来ぬからな」
「…なんでドヤ顔なの〜?」
「回復師は国で最も尊敬を集める職業の一つなのですよ」
と、こっそり耳打ちする。
クリス様は「ふ〜ん」と全然興味がなさそうだが…。
この人、自分がこの世界でとても凄い職業の自覚がないんだよな…。
どうしよう…、心配だ。
「じゃあまずは現状把握からねー」
「そうだな。よろしく頼む」
「ざっくり経緯から説明するねー。メディレディア王国の首都ステンドがダークなんとかっていう魔王軍のなんとかっていうのの軍勢に襲われたのは凡そ十日前ー」
「魔王軍四災の一人、ダークブラックです」
…アレク様…地名は覚えるのに人の名前は覚えないな…。
「ステンドを拠点にしていた冒険者たちと、メディレディアの勇者なんとかっていう人とあともう一人なんとかっていう勇者の二人とそのパーティーがメディレディア王国の兵士や王族と協力して、首都の人たちを首都から逃がして戦ったんだってー」
「メディレディアの勇者、ヴィートリッヒ様とマティアスティーン王国の勇者カルセドニー様ですよ、アレク様」
「…………っ」
街長が私の代わりに訂正を入れる。
…そうか…やはり、カルセドニーだったのか…。
恐らくレベル上げの為の滞在だろう。
…………なんという運のなさだ…っ。
「ん〜? マティ、なんとかってオルガの国じゃなかった〜?」
「マティアスティーン王国です、クリス様。…はい、我が国の勇者ですね」
「なんだって⁉︎ …そうか、それは…心配だな…」
「はい…」
アーノルス様がとても心配そうに表情を曇らせる。
…マティアスティーン王国のカルセドニーは今定まっている各国勇者の中で最もレベルが低い!
心配されるのは当然だ。
本当に、馬鹿なんだから…っ。
「アレク様…、…先程は足手まといになるのでと言いましたが……奪還作戦に参加してもいいでしょうか? …我が国の勇者が籠城しているのなら、助けに行きたいのです」
「…マティアスティーン王国の勇者が一緒に居るって言えばオルガならそう言うと思ってたー。…まあ、それは状況を見てだねー。現時点で戦力の集合と分散、どちらが有利か判断するほどの材料は揃ってないと思うー。一応考慮はするけれどー」
「う…。は、はい、そうですね…」
ご、ごもっとも…。
「…冷静だね、アレク君」
「えー、別に普通でしょー。…話を続けるよー? …その後いくつかのパーティーが救援を呼ぶためにステンドを出てバオテンルカとの国境を目指し分散。彼らを逃がすために残った勇者と王族、ステンドの兵士たちは城に籠城した、らしい。ステンドの街は魔物に占拠されて一週間は経っているだろうねー。メディレディア王国の勇者のパーティーには結界を張れる魔法使いが居るらしいから、彼らの直面しているであろう問題は食糧かなー。備蓄量は不明だしー、城の規模もわかんないけどー、籠城の期間が長引いた場合を考えると兵士数百人という情報が多いから、勇者と王族を優先させて…そうだねー、長くても後一週間から十日以内にはなんとかした方がいいと思うー。籠城しているって結構精神に負担になるしー」
「…時間はあまりないということか」
「そうだねー。後何人の勇者や冒険者パーティーがステンド奪還作戦のためにコホセに来られるかわからないけれどー、ここから一度ナドレの街へ東のスドボの街へ来ている人たちと合流してステンドへ攻め込むのを考えるとー…彼らを待っていられるのは二、三日が限界かなー。コホセの街からナドレの街までは徒歩で約三日から四日。ナドレの街からステンドまで徒歩でも二日でしょー? 天候、魔物の襲撃、その他トラブルを考えれば一日二日の遅れも考えられるしー」
「…………」
「……君は…」
…わ、分かりますアーノルス様、ローグス様。
アレク様は凄いですよね。
わ、我々前線で戦う者には思い付かないですよね。
「……、…是が非でも君たちのパーティーには奪還作戦に同行願いたいな…」
何故か嬉しそうにニッと笑うアーノルス様。
それを一瞥するアレク様の表情は珍しく無表情。
「うーん、それは状況を見てだねー。とりあえず街長ー、例のものをー」
「はい、この街に来ている冒険者たちのリストです!」
「それはありがたい」
…あ…それでここ数日、街へ来る冒険者たちのステータスを役人の人たちにメモさせていたのか。
…アレク様たちはこの世界の文字は読めるけど書けないとかで…。
……す、すごいなアレク様は…。
こうなる事を予測していたのか?
「………平均レベルは30前後か…」
「小粒ねぇ」
「因みにステンドを襲った魔物の群れの平均も30前後だってー」
「となると、問題は四災だな」
「えー、騎士のおじさん馬鹿なのー? 首都の地図と城の構造もないとつらいよー? 大群との戦闘になるんだからー」
「うっ。そ、そうか…」
「ステンドの地図は?」
「案内用のものならあるのですが…」
そう言って街長が出してきたのは小さな地図。
宿屋や道具屋、防具屋、武器屋…冒険者たち用の、主要施設のみが記載された簡易なもののようだ。
「うーん、まあ、これしかないならこれでなんとかするしかないよねー…。市街戦は大型の魔物も動きづらいだろうから、小回りのきく部隊を五つほど編成して街の外は魔法使いと壁役の戦士、騎士系中心のパーティーで大型の奴らを一掃しよっかー。外の部隊が南西辺りに回り込んで魔物たちを引き付けて、その隙に反対側から少数で首都へ潜入。城内に潜入して、城の中の戦力と挟み撃ちの一網打尽が常套かなー?」
「……………………」
…………。
…ア、アレク様が凄い…。
「? みんな黙り込んでどーかしたー?」
「い、いや…、き、君は若いのに凄いな? 軍略戦を学んでいるのか?」
「…………。え、おかしいの?」
「……い、いや…ええと…」
真顔で私に聞いてくるアレク様に、どう返せばいいのやら。
変ではないし、むしろこの状況だとアレク様のような存在は有難い。
ただ、やはり年齢を考えると当たり前のことではないだろう。
「普通という訳ではないが、軍略に明るい者が今この場にいることは僥倖だ。…正直我々では思い付くのに時間を要しただろう」
「そうだね、このまま君の意見を聞きたい。我輩たちは専門ではないから、知識があるのなら知恵を借りるのが一番だろうね」
「…………。純粋な疑問としてー、バオテンルカの軍とか借りてくればいいのにー?」
「確かにその通りだが、バオテンルカの軍が動くともっと時間がかかる。それに、メディレディア王国からの正式な依頼もなしに他国の軍がメディレディア王国へ入れば…」
「他国侵略に該当する恐れがあるー?」
「そ、そうだ」
あっさり言い当てられて、たじろぐリガル様。
…この辺りはこの世界…『クリラーティカ』の事情が関係してくる。
その辺りのことはまだご存知ないはずだが…。
「なるほどねー、魔王軍からすれば実に侵略し易い世界なわけだー。それで君たち『勇者』はその例外というわけなのー」
「…そうなるね」
「…ふーん…。まあ、僕には関係ないけど。…でも、そんな状態では魔王軍を退けても世界は変わらないだろうねー。むしろ、君たち勇者は兵器として今度は人間と戦うことになるよー」
「…な…‼︎」
……………………勇者が…、…兵器に…なる?
「…………」
魔王軍を倒したら…世界は元の状態…国同士が武力を振りかざし、いつ戦争を再開しても不思議ではない世界に逆戻りする。
…国は勇者という新たな武力を手に入れた…。
じゃあ、魔王を倒してもカルセドニーは…。
「…………。今はステンドを救うことの方が重要だ、アレク君。話を続けよう」
「そだねー。とりあえずー、街にいる冒険者たちに奪還戦の参加不参加を問おう。それは街の方でしてもらっていいかなー?」
「え、ええ、分かりました。君、頼むよ」
「分かりました」
「その間、すでに奪還戦に参加表明してる人たちの装備を整えて貰おうー。あなた達は長旅だっただろうし、今日は休むといいよー。街長ー」
「はい、アーノルス様たちには宿屋の部屋の方をご用意しております。君、アーノルス様たちを宿屋へ案内してくれ」
「はい」
パンパンと手を叩き、入ってきた役人にそれぞれ指示を出す街長。
…そして街長を顎で使うアレク様。
これに違和感を感じないのは私だけか?
あれ? なんで違和感を感じないんだ?
「しかし、我々だけ休むわけには…」
「この街に滞在してる冒険者たちは50人以上だものー。時間かかるよー。元々パーティー組んでる人たちもいると思うしー、適材適所を仕分けるのは大変だもーん。あとから街に来る人たちのことも考えるとー、あなた達に頼むことって今別にないかなー」
「うっ…」
「奪還時の作戦はその冒険者たちのパーティー次第でもう少し練る必要あるしねー。さっきも言ったけどー、僕とクリスとオルガが奪還戦に参加するしないは他の冒険者たちの参加人数と状態を見て決めるよー。この街にいる間なら協力してあげるからとりあえずそれだけでありがたいと思ってくれるー?」
「………、…わかった。無理を言ってすまない」
先ほどより力ない感じで笑うアーノルス様に、にっこり笑って返すアレク様。
…他の冒険者たちを待つのは、最大でも三日。
その間にこの街に来た者たちをスドボの街へ来た者たちとの合流地点…ナドレの街へ送り出すまでに我々三人の参加不参加が決まるのか。
アレク様は考慮してくださると言ったが…ステンドにカルセドニーが居るなら…私は…。
「…さーて、あの人たち三日間大人しく待っててくれそうにないから食糧調達でも頼もうかなー」
「ええ⁉︎ アーノルス様にですか⁉︎」
「街長はもう少し詳しいステンドの地図がないか探してくれるー? クリスはオルガの剣が完成する頃だろうし、一緒に買い物にでも行って来なよー」
「あ、それもそうだね〜」
「…あ、そ、そういえばそうですね」
先日狩ったミスリルボアの牙をこの街の武器屋に渡して、ミスリルの剣を作成してもらっていたのだ。
確かにそろそろ出来上がっていてもいいな?
「それとー、まだお金って余ってたよねー? オルガ」
「はい、かなり」
「お金のなさそうな参加表明済みの冒険者たちを集めて、それで装備を整えさせてー。古い装備は僕らの方で買い取って。買取のお金は備蓄ねー」
「え〜っ⁉︎」
叫んだのはクリス様。
かなり不満げだ。
でも、私もまさかそこまでされるとは思わなかった。
「オルガはこの間、この街で一番いい装備にしたんでしょー?」
「は、はい」
「防衛戦で装備がグダグダな人も多いから、参加したくても出来ない冒険者もいるかもしれない。装備に関して僕らがお金を出すと知れば参加者は増えるだろうねー」
「…あ…」
「で、でも! そいつらの装備買ったらボクらだってお金なくなるじゃん⁉︎」
「防衛戦に参加してた冒険者たちは小粒だけど、この世界の基準だと別に弱くはないらしいしー、ステンドという一国の首都で装備を整えてる連中から中古とはいえ買い取ったものが安いとは思わないなー。それに、三日の猶予期間中にオルガは“新しい剣”に慣れておきたいんじゃないー?」
「! は、はい! 魔物の討伐クエストには赴きたいです」
「なら、別にお金の心配はないと思うなー」
にっこりと。
……お、恐ろしい方だな…。
だが、それ以上になんて頼もしい…!
「参加者が多ければ可能性は増える。“前向きに”考慮してあげるよー」
「…ありがとうございます」