重愛注意】拾われバニーガールはヤンデレ社長の最愛の秘書になりました 3

愛しい人の帰宅

 少し間があったあと、『じゃあ、ってなに?』と突っ込みが入る。

(やっぱりか)

 思わず笑いながら、『どうしても』と駄々をこねる。

 すると、ほどなくして香澄の自撮り画像が本当に送られて来た。
 先日、「自撮りする時って、ちょっと上からのアングルにすると、小顔に見えるんだって」と言っていたからか、さっそく上から撮っている。

(お)

 上から撮ったからか、もう少し覗けばTシャツの中身が見えそうだ。
 思わず口を開け、鼻の下を伸ばして覗こうとしている自分に気づき、佑は横を向いて笑い始めた。

(こんな反応をするのも初めてだな)

 自分の新たな面を見つけ、佑は面映ゆそうに笑う。

 今まで大勢の女性と付き合いはしても、自撮りをもらってこんなにニヤニヤする事はなかった。
 メッセージも過去の彼女には「業務連絡」と言われた事があり、相手からのメッセージを心待ちにしていた事などなかった。

 恋愛は、数よりも質なのだと香澄に恋をして初めて分かった。

(早く会いたいな)

 車を使えばすぐの距離なのに、帰宅するのが楽しみでならなかった。

(それからもう一つ、香澄には確認しないとならない事がある)

 とある物を脳裏に思い浮かべ、佑は静かに息をついた。





 暇なので、夕食後に爪を磨いていた香澄は、フェリシアが『佑さんが帰宅されました』と告げるのを聞いて立ち上がった。

 フェリシアは玄関でのセンサーや音声での挨拶だけでなく、車のリモコンで御劔邸のゲートが開いた時点で、家の中にいる者に知らせてくれる機能があった。

「お帰りなさい!」

 玄関のドアが開き、香澄は張り切って声を掛ける。

「ただいま」

 佑が言うのとほぼ同時に、玄関に置いてあるフェリシアが「おかえりなさい、佑さん」と言った。

「よし! フェリシアに勝った!」

 ガッツポーズを取る香澄を見て、佑は「なんだ、そんな事か」と笑い出す。

「ん? 裸足、冷たくないのか?」

 靴を脱いだ佑は、香澄の足元を見て尋ねてくる。

「あ、これ。爪磨きしてたの。手はもうピカピカだよ」

 ふふん、と自慢げに手を差し出すと、佑が「どれ」と見てくる。

「女の子は大変だな」

 リビングに向かいがてらポンポンと頭を撫でられ、香澄は嬉しくなって彼のあとを追う。

「佑さんだって、爪綺麗じゃない。ちゃんと磨いてるんでしょ?」

「ああ、これは三週に一回美容室に行った時、ハンドとフットのケアを一緒にしてもらってるんだ」

「へぇ? 便利!」

 東京に来てから二か月になろうとしているが、香澄はまだ美容室に行っていなかった。

 佑が気に掛けてくれるのだが、元から髪がロングヘアなので基本的に放置している。
 その上、前髪を切るのにいちいち美容室に行っていられないので、今までずっと前髪は自分で切っていたのだ。
 カラーもしていないし、基本的にヘアケアは自宅で洗ってヘアオイルなどをつけるのみ。
 ドライヤーはこの家に来てから高級な物を使わせてもらっていて、それだけで髪が前よりツルサラになった気がする。

「香澄も俺と同じ美容室通わないか? カラーとかやってもらっている間に、ハンドとフットケアしてもらえるし、なんならまつエクとかもあるぞ」

「一か所で済むのはありがたいね」

 コートを脱いだ佑は、サラリと香澄の髪に触ってくる。

「こっちに来てから、一回も美容室に行ってなくないか?」

「うん……。髪長いからいいかな? と思って」

 物臭と思われていないか気にしつつ、香澄は自分の毛先に枝毛ができていないか確認する。

「長さやカラーを大きく変えなくても、トリートメントとか定期的にするだけで、もっと髪質良くなると思うぞ」

「そっかぁ……。じゃあ、予約入れられそうな時に行こうかな」

「分かった。じゃあ、陣内さんに連絡しておくよ」

「ありがとう」

 佑はキッチンに向かい、水を飲む。

「お酒飲んだ? お風呂どうする?」

「一杯しか飲んでないから、あとで入るよ」

 佑はジャケットを脱いでハンガーに掛けると、ネクタイを緩めソファに座る。
 疲れたようにドッと座り込んだので、香澄は気を遣って彼の様子を気にした。

「……ん?」

 香澄の視線に気付いた佑が、こちらを見て微笑む。

「おいで」

 そして両腕を広げ、ハグを求めてきた。

「……ん」

「おいで」と言われたのが嬉しく、香澄も両腕を広げて佑に抱きついた。

 彼の膝の上に乗るとギューッと抱き締める。

 まだ佑からは、ほんの微かに冬の外気の匂いがする気がした。
 冷たく涼やかな匂いを嗅いで、香澄は佑の首筋に顔を埋める。
 佑も香澄の首元に鼻先を埋め、スゥッと匂いを吸い込んできた。

「……桃と洋梨の香りがする」

 彼が呟いたのを聞いて、香澄は微笑む。

「こっそり香水つけてたの、バレちゃった」

「とてもいい匂いだよ。二つ合わさって、甘くて美味しそうで……かぶりつきたくなる」

 最後はそう言ったあとに、はむっと香澄の首筋を甘噛みしてきた。

「んふっ、んふふふふ……」

 佑がじゃれついてくるのが嬉しくて、香澄は笑いながら彼を抱き締める。

「……好き」

 シャツにベスト姿の彼を抱いたまま、香澄はぽつんと呟く。
 皮肉な事に、健二と再会して昔のトラウマを思いだしたお陰で、佑への想いがより深くなった。

(ワケわりな私を、これだけ受け入れて愛してくれて、こんなにも素敵な人は他にいない。恥ずかしいとか自信がないとか言っていないで、もっと素直にならないと)

 佑を抱き締め、抱き締められていると、どんどん気持ちが落ち着いてくる。

「ずっとこのままでいたい」

「俺もだよ」

 耳元で甘く応えてくれる声に、香澄はとろりと目を細める。
 沢山伝えたい事があるはずなのに、こうしているだけですべてが幸せの中に溶けていく。

「ん……、ちょっと……。本格的に佑さんを吸わせて」

 彼の膝の上で横座りしていた香澄は、体勢を変えて向かい合うように座った。
 そしてコアラのようにしっかり佑にしがみつき、ッスゥーッと匂いを吸い込む。

「っはは、『吸わせて』って」

「猫吸いとかあるでしょ、あれ」

 くぐもった声で返事をすると、佑も同じように香澄の首元を吸ってくる。

「じゃあ、俺はうさぎ吸い」

 彼がまだバニーガールの事を引っ張っているのに気づき、香澄は無言で照れた。

 二人してギューッと強く抱き締め合い、そのうち佑がユラユラと体を左右に揺らす。
 いちゃつくのを楽しむかのような動きに、香澄は思わず笑った。

 しばらくそのままお互いの体温や存在を感じていると、佑がポツリと切り出した。

「もう、原西さんの事は気にしなくていいからな」

「……うん。佑さんと一緒にいて、幸せに暮らしていれば、そのうち忘れられる気がする」

 香澄の返事を聞き、佑はポンポンと背中を叩いてくる。

「嫌な事が心に残りやすいのって、同じ間違いをしないようにっていう生存本能からなんだって。最初に健二くんと付き合う時、私はまったく男性を見る目がなかったと思う。二人目に付き合ったのが佑さんだから、多分〝これから〟男の人を見極める目とか、そんなに必要ないと思う」

「……ん」

「でも私は、ちゃんと学習したい。適当に妥協して、何も調べずに『大丈夫そうだな』って判断したら、痛い目を見る事だってあるかもしれない」

「そうだな。人は見かけによらない。一見ニコニコして優しい人が、実は……というパターンはよくある」

 事件があった時にマスコミが取材をし、顔が映されていない主婦が「そんな人だと思いませんでした」というシーンを思い出す。

「これから、香澄の事は俺が絶対に守るけど、そういう心構えでいるのはいいと思うよ」

「うん」

 たっぷり佑を堪能し、そろそろ膝の上から下りようかと思った時、彼が尋ねてきた。

「香澄、一つ確認したい事があるんだけど、いい?」

「え? うん」

 何だろう? と目を瞬かせると、佑が身じろぎしたので彼の腰の上から下りた。

「ちょっと、来てくれる?」

 そう言って佑はジャケットや鞄を持って歩き出し、玄関ホールに向かう。

 不思議に思いながらも、香澄も彼のあとをついて行った。





 二階に上がると、佑は手にしていたジャケットやコートをハンガーに掛けてから書斎に向かう。

(なんだろ? プレゼントかな? ……にしても、『確認したい』っていうのは……。落とし物でもした?)

 そして佑は書斎にある本棚下にある引き出しから、とある物を取りだした。
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