重愛注意】拾われバニーガールはヤンデレ社長の最愛の秘書になりました 3
元彼との思い出
まだその部屋には行った事がないのだが、もしいつか偽装の家として誰かに紹介する必要が出てきたら困る。
(そのうち、マンションに行ってみて内装とか整えて、ある程度〝住んでる〟感は出せるようにした方がいいのかな)
考えているうちに午後になり、香澄は気持ちを切り替えて仕事に戻った。
**
そうこうしているうちに、健二と会う土曜日になった。
「じゃあ、行ってきます」
香澄は佑のコーディネート監修を受け、グレンチェックのワイドパンツにケーブル編みのベージュのニット、その上にコートを羽織って玄関に立つ。
佑いわく「デートコーデではあるものの、男目線からあまりいやらしい気持ちにならない物をセレクトした」らしい。
ニットワンピースや、縦リブニットの体にフィットしたセーターなどは、徹底的に避けたようだ。
「昼間とはいえ、二人きりだから気を付けて。久住と佐野も同行させるけど、護衛だと分からないような距離感を持たせるから、そこは安心して」
「うん」
佑の顔を見て深呼吸し、香澄はニコッと笑ってみせた。
「じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい」
香澄は佑に手を振り、玄関を出た。
さすがに今回ばかりは運転手つきの車で行く訳にいかず、交通機関を使う。
健二に指定されたのは六本木だった。
先日届いたメッセージでは、ランチをとってから映画を見て、少し商業施設をブラついてからディナーらしい。
南北線に乗って移動し、少し迷いながら歩いて、何とか待ち合わせ場所に着いた。
待ち合わせは十一時だったが、外で立って待っていると健二からメッセージが入った。
『ごめん、寝坊した。ちょっと遅れる』
「はぁ……」
思わず香澄は溜め息をつく。
(この、時間にルーズなところ、変わってないな)
つい、嫌な思い出が蘇った。
健二と付き合っていた頃、冬の寒い時に香澄は三時間待ちぼうけをくらった。
札幌での事なので、もちろん外で待ってはいない。
ただ、彼が来てすぐに落ち合えるよう、札幌駅近くの店舗をブラブラしていた。
当時は大学生で、今のように「じゃあ待ち時間にコーヒーでも飲もう」とはならない。
大学生にとってコーヒー一杯の金は、アルバイトをしていても勿体ないのだ。
三時間近く、香澄は手洗いに行く以外ずっと店舗の中をブラブラ歩いて待っていた。
けれど結局、健二は来なかったのだ。
『待ってるんだけど』と何回連絡をしただろう。
何回もメッセージを送り、三時間経った頃になって『ごめん、忘れてた。今日は無理』と返事があった。
その場に座り込みたくなるほどの脱力感を覚え、香澄は彼女としての自分の存在意義を疑った。
大事にされていないな、と痛感したのだ。
『じゃあ、近くにサンアドバンスあるから、そこでコーヒー飲んで待ってるね』
交差点の向こうに見慣れたコーヒーショップの看板が見えたので、健二にそう伝えておく。
(映画は十四時台ぐらいって言ってたから、多少ランチが遅くなる時間まで遅刻されても、大丈夫かな。チケットはネット予約したって言ってたから、お金が無駄になるような事はしないだろうし、さすがにドタキャンはされないでしょ)
大きめの溜め息をつき、香澄は交差点を渡ってコーヒーショップに入った。
季節限定の甘いコーヒーシェイクは売り切れていて、レギュラーメニューの物を頼む。
席に座ってストローを咥え、いつもなら笑顔になる甘みを飲んでも、今日は浮かない顔になる。
芋づる式に思い出される記憶が、香澄を苛んでいた。
**
「赤松さんさ、俺と付き合わない?」
大学の学食で麻衣と雑談していた時、急にやって来て告白してきたのが原西健二だった。
彼は大学一年で同じクラスになり、オリエンテーションで少し話をした人だ。
健二については、それぐらいの認識だ。
大学の〝クラス〟と言っても基本的にそれぞれ履修する講義が違えば、別行動になる。
クラス単位で纏まって行動する事もないので、あってないようなものだ。
だから彼にいきなり告白されても、「あれ、見た事ある人だな」と思ったぐらいだった。
「え……と、どうして……」
香澄も麻衣も、突然の事で鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
「何かの罰ゲーム?」
疑い深い麻衣は、周囲を慎重に見回した。
「違うよ。オリエンテーションの時から『いいな』って思ってたから、付き合いたくて」
香澄はキョトンとしたまま麻衣を見る。
麻衣とは高校時代からの付き合いで、一緒にグループデートをした事もあった。
助けを求める意味で彼女を見たのだが、さすがに麻衣もどう判断したらいいか分からない表情だ。
「それとも、好きな人いる? 彼氏とか」
「い、いない……けど」
「じゃあ付き合ってよ。付き合ってみて嫌なら別れていいから」
「……うん。分かった。でも、本当に遊びとかふざけての告白なら、すぐに撤回させてもらうからね?」
「分かった。ありがとう」
そのようにして、香澄は健二と付き合うようになった。
付き合うと言っても、学生の本業は学ぶ事だ。
香澄は西区の出身で、健二は清田区の出身だ。
大学は豊平区にあり、周囲は住宅街に囲まれ、近くに霊園やドームがある。
香澄は札幌の中心部を通って大学に通う形だが、健二は自宅に近い場所に大学がある。
お互い自宅が反対なので、登下校が一緒になる事はなかった。
なので休日のデートは遊ぶ先となる札幌駅付近で待ち合わせをし、遊んでから現地解散という感じだ。
最初のうちは、健二は香澄という彼女ができて友人たちに自慢してくれたように見えた。
けれどすぐに、違和感に気付く。
「あれ、健二、彼女できたの?」
「香澄って言うんだ。胸でかいだろ」
健二の反応は、大体いつもそんな感じだった。
確かにその頃には香澄はすでにEカップあり、体型の割に胸が目立っていた。
(『可愛いだろ』って言ってほしかったな)
当時、もちろん彼の言葉に反感を覚えたが、自分は「可愛い」と言われるほどの器量を持っていないのだと痛感するようになっていた。
周りを見ればもっと可愛い人が大勢いて、その中に香澄が混じっても、せいぜい良くて「普通」で終わる。
だから自分の容姿に過度な期待はしていなかったのだが、健二が香澄の胸を強調するたびに、「私の取り柄って胸しかないのかな」と思うようになっていった。
そのようにして、香澄の自尊心はジリジリと削られていったのだと思う。
やがて、香澄は〝どうやったら健二に理想の彼女と思われるか〟を異様に気にしだした。
「香澄ってさ、着てる服がいまいちパッとしないよな。周りの子、もっと服装に気を遣ってるだろ」
「うん……ごめん。でも可愛い服って高いし」
当時の香澄は、まだアルバイトをしていなかった。
両親に「学ぶのが本業なんだから、バイトにかまけて学業がおろそかになるようなら、最初からするんじゃない。するなら長期休みの時にしなさい」と言われていた。
「そう言うならバイトしたら? 俺だって深夜のコンビニバイトしてるし、やる気があればできるだろ。そうしたらデートだってもうちょっと楽しい事できるし」
「……そうだね」
そのようにして、香澄もアルバイトを始めた。
働いたのは、健二に勧められ「時給がいいから」という事ですすきのの居酒屋だ。
それが、八谷グループとの出会いだった。
すすきの交差点から少し歩いた場所にあるビルの最上階に、『月見茶屋』がある。
そこで、くのいちのような制服を着て、オーダーを聞いたり運んだりして働いた。
生まれて始めて働いた場所なので思い入れが強く、当時の店長の言葉が胸に響いた。
「アルバイトでも、お金をもらう以上はプロです。プロとしての意識を持って働いてください」
そう言われるとピッと身が引き締まった思いになり、楽しく飲むために来店している客のため、頑張って働こうと思った。
アルバイトで稼いだ金で健二とのデート代や、自分の服やアクセサリーなどにも気を遣いだした。
彼が求めた事をこなしたので、きっとこれで満足してくれると思いきや、健二の言動がまた気になる。
「ごめん、今日財布忘れたわ」
言われて、香澄が食事代を支払う事もたびたびあった。
「夏休みに免許取るから、いま金がいるんだ。車は叔父さんの中古もらう予定だから、乗れるようになったらドライブ連れてってやるよ」
「うん、楽しみにしてるね」
仕方のない事なんだと自分に言い聞かせ、香澄は健二の言う事をすべてきいた。
それでも、誕生日やクリスマスになると少しばかり落ち込んだ。
(そのうち、マンションに行ってみて内装とか整えて、ある程度〝住んでる〟感は出せるようにした方がいいのかな)
考えているうちに午後になり、香澄は気持ちを切り替えて仕事に戻った。
**
そうこうしているうちに、健二と会う土曜日になった。
「じゃあ、行ってきます」
香澄は佑のコーディネート監修を受け、グレンチェックのワイドパンツにケーブル編みのベージュのニット、その上にコートを羽織って玄関に立つ。
佑いわく「デートコーデではあるものの、男目線からあまりいやらしい気持ちにならない物をセレクトした」らしい。
ニットワンピースや、縦リブニットの体にフィットしたセーターなどは、徹底的に避けたようだ。
「昼間とはいえ、二人きりだから気を付けて。久住と佐野も同行させるけど、護衛だと分からないような距離感を持たせるから、そこは安心して」
「うん」
佑の顔を見て深呼吸し、香澄はニコッと笑ってみせた。
「じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい」
香澄は佑に手を振り、玄関を出た。
さすがに今回ばかりは運転手つきの車で行く訳にいかず、交通機関を使う。
健二に指定されたのは六本木だった。
先日届いたメッセージでは、ランチをとってから映画を見て、少し商業施設をブラついてからディナーらしい。
南北線に乗って移動し、少し迷いながら歩いて、何とか待ち合わせ場所に着いた。
待ち合わせは十一時だったが、外で立って待っていると健二からメッセージが入った。
『ごめん、寝坊した。ちょっと遅れる』
「はぁ……」
思わず香澄は溜め息をつく。
(この、時間にルーズなところ、変わってないな)
つい、嫌な思い出が蘇った。
健二と付き合っていた頃、冬の寒い時に香澄は三時間待ちぼうけをくらった。
札幌での事なので、もちろん外で待ってはいない。
ただ、彼が来てすぐに落ち合えるよう、札幌駅近くの店舗をブラブラしていた。
当時は大学生で、今のように「じゃあ待ち時間にコーヒーでも飲もう」とはならない。
大学生にとってコーヒー一杯の金は、アルバイトをしていても勿体ないのだ。
三時間近く、香澄は手洗いに行く以外ずっと店舗の中をブラブラ歩いて待っていた。
けれど結局、健二は来なかったのだ。
『待ってるんだけど』と何回連絡をしただろう。
何回もメッセージを送り、三時間経った頃になって『ごめん、忘れてた。今日は無理』と返事があった。
その場に座り込みたくなるほどの脱力感を覚え、香澄は彼女としての自分の存在意義を疑った。
大事にされていないな、と痛感したのだ。
『じゃあ、近くにサンアドバンスあるから、そこでコーヒー飲んで待ってるね』
交差点の向こうに見慣れたコーヒーショップの看板が見えたので、健二にそう伝えておく。
(映画は十四時台ぐらいって言ってたから、多少ランチが遅くなる時間まで遅刻されても、大丈夫かな。チケットはネット予約したって言ってたから、お金が無駄になるような事はしないだろうし、さすがにドタキャンはされないでしょ)
大きめの溜め息をつき、香澄は交差点を渡ってコーヒーショップに入った。
季節限定の甘いコーヒーシェイクは売り切れていて、レギュラーメニューの物を頼む。
席に座ってストローを咥え、いつもなら笑顔になる甘みを飲んでも、今日は浮かない顔になる。
芋づる式に思い出される記憶が、香澄を苛んでいた。
**
「赤松さんさ、俺と付き合わない?」
大学の学食で麻衣と雑談していた時、急にやって来て告白してきたのが原西健二だった。
彼は大学一年で同じクラスになり、オリエンテーションで少し話をした人だ。
健二については、それぐらいの認識だ。
大学の〝クラス〟と言っても基本的にそれぞれ履修する講義が違えば、別行動になる。
クラス単位で纏まって行動する事もないので、あってないようなものだ。
だから彼にいきなり告白されても、「あれ、見た事ある人だな」と思ったぐらいだった。
「え……と、どうして……」
香澄も麻衣も、突然の事で鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
「何かの罰ゲーム?」
疑い深い麻衣は、周囲を慎重に見回した。
「違うよ。オリエンテーションの時から『いいな』って思ってたから、付き合いたくて」
香澄はキョトンとしたまま麻衣を見る。
麻衣とは高校時代からの付き合いで、一緒にグループデートをした事もあった。
助けを求める意味で彼女を見たのだが、さすがに麻衣もどう判断したらいいか分からない表情だ。
「それとも、好きな人いる? 彼氏とか」
「い、いない……けど」
「じゃあ付き合ってよ。付き合ってみて嫌なら別れていいから」
「……うん。分かった。でも、本当に遊びとかふざけての告白なら、すぐに撤回させてもらうからね?」
「分かった。ありがとう」
そのようにして、香澄は健二と付き合うようになった。
付き合うと言っても、学生の本業は学ぶ事だ。
香澄は西区の出身で、健二は清田区の出身だ。
大学は豊平区にあり、周囲は住宅街に囲まれ、近くに霊園やドームがある。
香澄は札幌の中心部を通って大学に通う形だが、健二は自宅に近い場所に大学がある。
お互い自宅が反対なので、登下校が一緒になる事はなかった。
なので休日のデートは遊ぶ先となる札幌駅付近で待ち合わせをし、遊んでから現地解散という感じだ。
最初のうちは、健二は香澄という彼女ができて友人たちに自慢してくれたように見えた。
けれどすぐに、違和感に気付く。
「あれ、健二、彼女できたの?」
「香澄って言うんだ。胸でかいだろ」
健二の反応は、大体いつもそんな感じだった。
確かにその頃には香澄はすでにEカップあり、体型の割に胸が目立っていた。
(『可愛いだろ』って言ってほしかったな)
当時、もちろん彼の言葉に反感を覚えたが、自分は「可愛い」と言われるほどの器量を持っていないのだと痛感するようになっていた。
周りを見ればもっと可愛い人が大勢いて、その中に香澄が混じっても、せいぜい良くて「普通」で終わる。
だから自分の容姿に過度な期待はしていなかったのだが、健二が香澄の胸を強調するたびに、「私の取り柄って胸しかないのかな」と思うようになっていった。
そのようにして、香澄の自尊心はジリジリと削られていったのだと思う。
やがて、香澄は〝どうやったら健二に理想の彼女と思われるか〟を異様に気にしだした。
「香澄ってさ、着てる服がいまいちパッとしないよな。周りの子、もっと服装に気を遣ってるだろ」
「うん……ごめん。でも可愛い服って高いし」
当時の香澄は、まだアルバイトをしていなかった。
両親に「学ぶのが本業なんだから、バイトにかまけて学業がおろそかになるようなら、最初からするんじゃない。するなら長期休みの時にしなさい」と言われていた。
「そう言うならバイトしたら? 俺だって深夜のコンビニバイトしてるし、やる気があればできるだろ。そうしたらデートだってもうちょっと楽しい事できるし」
「……そうだね」
そのようにして、香澄もアルバイトを始めた。
働いたのは、健二に勧められ「時給がいいから」という事ですすきのの居酒屋だ。
それが、八谷グループとの出会いだった。
すすきの交差点から少し歩いた場所にあるビルの最上階に、『月見茶屋』がある。
そこで、くのいちのような制服を着て、オーダーを聞いたり運んだりして働いた。
生まれて始めて働いた場所なので思い入れが強く、当時の店長の言葉が胸に響いた。
「アルバイトでも、お金をもらう以上はプロです。プロとしての意識を持って働いてください」
そう言われるとピッと身が引き締まった思いになり、楽しく飲むために来店している客のため、頑張って働こうと思った。
アルバイトで稼いだ金で健二とのデート代や、自分の服やアクセサリーなどにも気を遣いだした。
彼が求めた事をこなしたので、きっとこれで満足してくれると思いきや、健二の言動がまた気になる。
「ごめん、今日財布忘れたわ」
言われて、香澄が食事代を支払う事もたびたびあった。
「夏休みに免許取るから、いま金がいるんだ。車は叔父さんの中古もらう予定だから、乗れるようになったらドライブ連れてってやるよ」
「うん、楽しみにしてるね」
仕方のない事なんだと自分に言い聞かせ、香澄は健二の言う事をすべてきいた。
それでも、誕生日やクリスマスになると少しばかり落ち込んだ。