理系女子の初恋
翌週、主任にお願いして時間を作ってもらい、仕事の後に飲みに行く事になった。

「こうして佐々木と2人でじっくり話すのは初めてだったよな」

お酒を飲んで一息ついた主任が、メニューを(めく)りながら、私を気遣って話し掛けてくれる。

「佐々木はガッツリ食べたいんだよな?遠慮しないで好きな物頼んでいいぞ」

困った、どう切り出せばいいのか、全くわからない。

お酒の力を借りようと思ったが、今日に限って全然酔えないし。

酔いが回るのを待ってたら、このままお開きになってしまいそうだ。

「主任」

「ん?何だ?」

「私、主任の事が好きになってしまいました」

主任が目を見開いたまま固まっている。

「主任が会社を辞めてしまう前に、この恋に決着をつけたくて、お誘いしたんです」

「主任に私を好きになってもらいたい、私は主任の恋人になりたいんです」

再び動き出した主任が、残っていたお酒を一気に飲み干した。

「おかわり、しますか?」

「ああ」

注文したお酒を一口飲んで、主任は慎重に話し始めた。

「俺は佐々木の事は好きだが、多分お前の欲しい好きとは、別の好きだと思う」

「それに、俺は今の会社を辞めてすぐ、海外の工場に転勤する事が決まっている」

「3~4年は日本に戻れないから、佐々木を恋人にする事はできない」

ああ、田中さんは、主任が海外に行く事を知っていたんだな。

会社が変わっても、その気にさえなれば主任に会えると、無意識に考えていた自分に気付く。

だから田中さんは、私が後悔しないで済むように、あんなにも必死になってくれたのか。

田中さん、実は結構、いい人なんだな。

「すみません、おしぼりと温かいお茶をもらえますか?」

主任が店員さんに声を掛けた。

「本当にごめんな」

「でも佐々木の気持ちは純粋に嬉しい、だからそんなに泣かないでくれよ、な?」

主任にそう言われ、目からポロポロ涙が(こぼ)れてる事に気付いて驚いた。

渡されたおしぼりで、顔を拭く。

人前で泣いたのなんて、一体いつ振りだろう、動揺を隠しきれない。

「失恋した時は泣くと相場が決まっているので、しょうがないと諦めて下さい」

メイクが落ちて酷い顔になってるかもしれない、けどここは家の最寄り駅だし、もう今更だ、泣いてしまおう。

泣き止まない私に困った様子の主任が、開けっ放しになっていた個室の引き戸をそっと閉めた。

「それもそうだな、仕方ない、好きなだけ泣いてくれ」
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