理系女子の初恋
「麻友ちゃん、どうかした?」

顔を上げると、田中さんがニコニコ顔でこちらを見ていた。

あれ?私ってば、声に出して愚痴ってしまったのか?

「あー、いや、別に、何でもないです」

「今の電話、山口さん?」

「はい、修正の完了報告で」

「あの人、癖が凄いからねえ」

何かを思い出しているのだろう、田中さんの笑顔が珍しく苦い。

「困ってるなら相談に乗るよ?」

「あー、、大丈夫です」

仕事とは直接関係ないし、当の本人にどう相談すればいいと言うのか。

「麻友ちゃんてばいつも大丈夫って言うばっかりで、俺の事、全然信頼してくれてないよね?地味に傷付くわー」

田中さんがわざとらしく悲しい顔をする、、あざとい。

「そんな事ないですよ、田中さんの事はちゃんと尊敬してますよ」

「ちゃんとって、なんか酷いな」

愛想笑いで誤魔化し、仕事に戻ろうと手を動かす。

「もうわかった!こうなったら先輩命令で今夜飲みに行こう!酒の力で麻友ちゃんの悩みを聞き出す!」

「いや、無理です、修正終わらせないとやばいんで、今日は残業です」

「それ、俺も手伝うよ?そしたら残業しないで済むでしょ?」

「これは私の仕事なんで大丈、、」

「田中、随分暇そうだな?」

いつの間にか田中さんの後ろに忍び寄っていた主任が、突然会話に入ってきた。

耳のすぐそばで主任の低音ボイスをお見舞いされて、田中さんが悶絶している。

「そんなに暇なら俺の仕事を少し分けてやろう、明日の会議の資料、今日中に頼む」

「ええ!?」

「必要なデータは共有フォルダに全部入ってるからそれ使え、ほら、急がないと、終電なくなるぞ?」

「そんなあ~」

田中さんが大慌てで自分のデスクへと戻って行く。

私も怒られたくないので、慌てて作業の続きに取り掛かった。

その後は邪魔も入らず集中できたので、思っていたより早くバグの修正を終える事ができた。

何だか今日は疲れた、帰ってさっさと寝てしまおう。

荷物をまとめてフロアを出ると、休憩所で田中さんと女性社員二人が話をしている所に出くわした。

「お先に失礼します」

立ち止まる事なく、笑顔で軽く会釈する。

どうやら田中さんは、これから三人で飲みに行こうとお誘いを受けているようだ、お疲れ様です。

会社を出て駅に向かって歩き始めると、すぐに声を掛けられた。

「麻友ちゃん!待って!」

振り返ると、そこにいたのは田中さんだった。
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