最後の詰みが甘すぎる。
そうやって昔を振り返っている内に盤面は柚歩にかなり厳しい状況になった。当初の予想よりも早く限界が訪れる。
将棋は相手の王将または玉将を取った方の勝ちだ。
このままでは駒をどう動かしても、柚歩の玉将が廉璽に取られてしまう。つまり『詰み』だ。
将棋という盤上遊戯の不思議なところは、実際に王将を取られる前に負けを認め潔く投了するのがよしとされていることだ。
「……負けました」
「柚歩、もっと精進しろよ」
柚歩が投了すると廉璽は深いため息をついた。
だから最初から相手にならないと言っていたではないかと腹立たしくなる。
「廉璽くんが強すぎるの!!」
柚歩だってアマチュアでいえば三段くらいの実力はあるはずだ。素人の中ではまあまあ強い方だ。
しかし、廉璽の前では赤子同然。手のひらもとい盤上で転がされた柚歩を桂悟が揶揄する。
「姉ちゃん、また負けたの?」
「うるさい」
相手が廉璽なら大抵の棋士は負ける。同じ棋士同士でもA級の廉璽とB級2組の桂悟ですら棋力には明確な差がある。
「あははっ。姉ちゃんの全盛期は小六だったもんな」
今でこそ敵わないが、柚歩はかつて廉璽に苦い敗北の味を教えたことがある。
小学生名人を決める決勝戦。相手は手の内を知り尽くした廉璽だった。結果は柚歩の勝利。多くの棋士を輩出してきた歴史のある大会で優勝した柚歩は行く末は女流名人か、女性初の棋士かと大いに期待された。
しかし、柚歩はその大会を最後に公の場から姿を消した。