最後の詰みが甘すぎる。
第一局
『今年の名人挑戦者が決定いたしました。昨日行われた順位戦最終戦にて 津雲廉璽三冠が見事勝利し、初めての名人挑戦権を手にしました』
それはいつも通りの朝の風景だった。
女性アナウンサーが告げたのはほとんどの人が興味を持たないと思われる将棋の話題だった。
柚歩は朝食を食べながらテレビから流れるニュースを眺めていた。
「そっかあ……。今年もそんな季節になったのね」
柚歩と同じように朝食を食べていた母はしみじみと呟いた。
「ごちそうさま」
「あら?最後までニュース見ていかないの?」
「最後まで見てたら会社に遅刻するでしょ?」
柚歩は食器をシンクに片付けるとコートを羽織りトートバッグを肩にかけて家を出た。
桜の木が植えられている土手を歩き、駅まで向かう。
まだ三月上旬とあってソメイヨシノが咲くのは少し先のことだ。
川から吹く風が柚歩の髪を揺らしていく。この時期にしては珍しいポカポカ陽気で暖かいとはいえ、遮るもののない野晒しの風は凍えるように冷たい。柚歩はコートの襟を立て、無防備な首を隠すようにして駅まで急いだ。