最後の詰みが甘すぎる。
和室にパチンパチンと甲高い駒音だけが響いていく。
二人きりで将棋盤の前で顔を突き合わせていると、世界から切り離されたような気持ちになる。月の出ない夜更けなら尚更だ。
「調子はどうなの?」
「いつも通り」
(そうでしょうね。聞いた私が馬鹿だった……)
前夜祭終わりにホテルを抜け出して、瀬尾家にやってくるくらいだ。これをいつも通りと言わずになんと言う。
「渡部名人の方はどうなの?」
「さあ?わからない」
「わからないって……」
「俺は自分のできる将棋を指すだけだ」
対局中は喋らない棋士がほとんどだ。実際、廉璽も喋らない派だが、柚歩と対戦する時はくだらないお喋りにも付き合ってくれる。
廉璽の対局相手、渡部名人はこれまで三度名人位の防衛に成功している。棋士歴二十年以上を誇るベテランだ。
廉璽のことだから準備は入念に行ったはずだ。柚歩が先日片付けた棋譜は渡部名人のものばかりだった。
「廉璽くん、いつも言ってるけど家に来るならちゃんと連絡してよ」
「面倒」
連絡なしで訪ねてこられるこちらの方が困っているのになんて言い草だ。
「じゃあせめて他にも相手をしてくれる人を見つけなよ。私が結婚でもしてこの家出たらどうするの?」
リズム良く指していた廉璽の手が急に止まる。
廉璽は驚いたように息を呑み、あんぐりと口を開けながら柚歩の顔をつぶさに眺めていた。