最後の詰みが甘すぎる。

 廉璽が初めて八大タイトルに挑んだのは二十歳の時。

 今よりもずっと若く未熟だった廉璽は緊張のせいなのか、勝ち進んでいた他のトーナメントや順位戦で凡ミスによる敗戦が続いていた。

 弟子の絶不調を心配した右近寺は廉璽を瀬尾家に連れてきた。
 父の仏壇に手を合わせた廉璽が次に顔を向けたのは柚歩だった。

『柚歩と指したい』

 長らく将棋から離れていた柚歩はもちろん断った。将棋を辞めて以来、一度も駒に触れていない。廉璽を相手にできるはずがなかった。
 それでも、右近寺と二人がかりで頼みこまれ……ついに折れた。
 手に馴染む駒の感触と己の思考に没頭する独特の感覚が蘇ったあの日のことを、柚歩はよく覚えていた。
 そして、あの日から今に至るまで柚歩と廉璽の指し合いは続いている。

「右近寺会長、師匠として廉璽くんに家政婦を雇うように言ってください。家に行くたびに足の踏み場がないくらいに散らかってるんですから!!」
「ははは。廉璽には家政婦よりも甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる女房が必要だな」

 そういえば廉璽の浮いた話は一切聞いたことがない。
 柚歩と廉璽は同じ中学校を卒業しているが、廉璽が誰かと付き合ったりしたことはないはず。強いていうなら将棋が恋人?

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