最後の詰みが甘すぎる。
「私としては柚ちゃんが廉璽の恋女房になってくれれば言うことなしなんだけどねえ……」
「え、あ!?いや!、私なんかとても廉璽くんの相手には相応しくないですよ!!」
「あら〜。そんなことないわよ。いつも二人して楽しそうに将棋をしているじゃない。お似合いよ」
母は満面の笑みで右近寺に同意した。
「お母さんなんてお父さんと一度も将棋を指したことがないもの」
「え!?そうなの!?」
父の没後十四年目にして衝撃の事実が発覚し、柚歩は度肝を抜かれた。確かに、母と父が将棋の話をしているところを見たことがない。
棋士と結婚しておいて一度も一緒に将棋をしたことがないなんて、そんなことあるのか?
「お父さんと結婚する時に約束したのよ。私には将棋の枠の外にいて欲しいって。だから今でも詳しいルールはよく分からないままなのよね……」
棋士の妻でもあり母でもあるのに、ルールがわからないとは……。
「だからいつも思っているのよ。あなた達二人が将棋を指していると、まるで内緒話をしているみたいで微笑ましいなって」
将棋を指したことがないと言っている母だが、その推察はあながち間違っていない。
将棋盤の前に座るといつも丸裸にされているような気分にされる。
どれほど相手の思考を、戦略を理解しているか。相手の意図を汲めるか。汲もうとしているか。
指せば指すほど互いのことをよりよく知ることができる。
「瀬尾が死んでから十四年か。随分と早く逝っちまったなあ……」
父の最期の対局相手は右近寺だった。
果たして右近寺は父のことをどれだけ深く理解出来ていたのだろう。